第30話 選択、その理由

 運命の時は迫る。

 なんて大袈裟に言ってみるのも、緊張をほぐすためである。


 俺は放課後になり、ある場所へ向かっている。


 生徒会室、ではなく初めて忍とぶつかった校舎の角。

 何故こんなところを選んだのかはわからない。

 でも、ここにくれば忍の顔を思い出す。


 この日、桜は俺の前に姿を現さなかった。

 正直なところ何か話をしたいと桜を探してみたが、逆に甘えるなと俺に言うかのように彼女は俺の前に姿を見せなかった。


 正直、忍が来るかどうかはわからない。

 俺は一言だけ「初めて会った場所で待つ」とだけ忍に送った。


 随分とカッコつけたような文章だが、それ以上の内容は思いつかなかった。



 結城忍という人間は、何も最初から完璧ではなかった。


 人より勉強も運動もできる、容姿も整っているという恵まれた才能はありながらも、なにも全てが一番というわけではなかった。


 たまたま小学校三年生の運動会のかけっこで一位を取った時、親が喜んでくれたのが嬉しかった。


 あかねと知り合ったのはそんな運動会の時だった。


 同じレースで彼女が二位。

 それまで縄跳び大会、勉強、かけっこまで全てトップだった彼女に初めて勝ったのだ。


 あかねは泣いていた。

 しかし私を睨みつけたあとで、彼女は


「今度は忍ちゃんに負けないから」


 と話したのを今でも覚えている。


 何事もそこそこでいいと思っていた私は、そこから一位に拘るようになった。


 あかねと言うライバルがいて、あかねという仲間がいることで私は頑張れた。


 四年生になる頃には、学年のみならず学校で全てのトップに立ち神童なんて呼ばれるようになった。


 その頃からか、私にライバルと呼べる人間はいなくなった。


 いつしかあかねは私のサポートに周り、私の苦手とする教科の勉強に付き合ってくれるなど自分のことを顧みず私に協力してくれた。


 本当は、彼女も自分のためだけに努力すれば私に勝てるだけの才能と気力を持っていると私は知っている。


 だけど私はそれを勧めなかった。

 むしろ私のためにと、彼女の好意を利用した。


 中学でもいつも彼女は二位。

 もちろんその上には私がいた。


 しかしそれは作られたもの。

 友情なんて言葉で彼女を縛り、利用していたのは私の方だ。


 男子にももちろん人気だった。

 バレンタインのチョコレートはいくつもらったのか覚えてもいない。

 手紙だって毎日のように何十通と送られてきた。

 それの返事も全てあかねが書いてくれた。


 私の仕事だ、とあかねは笑っていた。

 その頃から彼女は成績も不安定になり、二位ですらない時もちらほら。


 原因はわかっていた。

 でも私は自分のためにのみ彼女を利用した。


 いつしか彼女無しではいられない自分に気がついた。


 あかねの父が理事長を務める高校を選んだのだって、もちろんそう言う下心があったから。

 もうあかねに依存しきっていたのをその頃に自覚している。


 元々依存体質な私は、それでも恋愛というものを真剣に考えたことはなくいつかあかねが紹介してくれる素敵な男性と交際し結婚する、くらいに思っていた。


 しかし生徒会長になった二年生の冬、私は彼を見つけた。


 挨拶の時、壇上から見下ろした先にいた彼に私は一目惚れしていた。


 しかし弱みを見せるようであかねには言えず、忙しいせいもあってか、いつしか彼のことを頭の片隅に封印する。


 そしてあの日、私は再会してしまった。


 名前を知り、きっかけをもらい私はひどく興奮していた。


 その日の仕事など放り出して彼について調べた。

 大した人間ではなく自由にフラフラと学園生活を満喫する彼を知り、自分にない生き方をする彼にまた興味を持った。

 そしてこんな性格だ、もう止まらない。


 グイグイと彼に踏み込んで、どんどん依存していく。

 彼女(仮)なんて立場も、彼といる口実のために捻り出した浅はかな提案。


 でも嬉しかった。

 そして気づいたら勉強も仕事も手につかず、彼に大事にされるだけで満足する自分がいた。


 あかねには何度か注意された。

 でも最初は応援してくれていた。

 両立できなかったのは自分の責任だ。


 私は、あかねの今までの献身的な支えがあってここまでこれて彼と出会えたのに、そのあかねの言葉を聞かず彼に夢中になった。


 でも、両立できるならそれでいいと言い聞かせた。

 そして今回の勝負。結果は出た。


 私はあかねにここまでさせておいて自分だけ幸せになろうなんてむしのいいことを考えた罰を受けたのだ。


 あかねがあんな態度になるのもわかる。

 何のために自分は今まで結城忍という人間に尽くしていたのかと、怒る権利が彼女にはある。


 でも、こんな私をみても、あんな素敵な幼なじみがいても、好きと思ってくれる人がいる。


 選ばないといけない。

 私は今日、どちらかを選んで、どちらかを捨てなければならない。


 だから、私はあの人のところに向かう。


 




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