第29話 賭けをしましょう

 忍の部屋番は……と。


 俺は彼女の部屋番を押して彼女の部屋のインターホンを鳴らす。

 しかし反応はない。


 もう一度だけと電話をするが電話にも出ない。

 明らかに避けられていると、今はそう確信する。


 本当に留守なんじゃないかとか、着信に気が付かないだけではということは考えない。

 だって、あれほどまでに執拗に俺に連絡をしてきた彼女が携帯を見ないなんてことがあり得るだろうか?


 そう思い、もう何度か電話をするが出ない。

 桜に背中を押されて息巻いたものの、これじゃ飛んだ無駄足だ。


 どうしようかとマンションの前でしばらくうろうろしていたが、全く忍からの応答はない。


 俺は諦めて一度家に戻ろうとした。

 その時、ばったりと出くわした人がいる。


 一ノ宮さんだ。


「あら、何していらっしゃるの?」

「あ、こんにちは。いえ、忍に会いに」

「会ってくれないでしょ?忍様はあなたを諦めたと聞いたわ」

「……」


 諦めた。それはどういう意味で考えればいいのだろう。

 まだ好きだけど我慢している、というのであればそんな必要は全くないのだが。


「忍に会いたいんですけど、どうしたらいいか……訊いても仕方ないですよね」

「ライバルに塩を送るようなことは致しませんわ。しかし、忍様はいつもこの先の公園で泣いていらしてよ」

「え……」

「私が声かけても反応しないの。壊れてるわ。だからあなた、慰めてきなさい」

「ど、どうして……」

「勘違いしないで、忍様に元気になってほしいからであって、あなたとの仲を認めたわけではありませんわ!」


 ビシッと俺を指さす彼女は不敵に笑う。

 まぁライバルと言われてもって感じなんだけど……


「と、とにかく行ってみます。ありがとうございます」


 よくわからないが一ノ宮さんの助言を得て俺は忍がいるという公園を目指す。

 しばらく真っすぐ行くと、公営住宅の下に広がる大きな公園が見えてきた。


 そしてその隅にあるブランコに、忍が座っている。


「航、さみしいよう……今頃桜とイチャイチャしてるのかなぁ。うん、辛いよ。でもあかねにもう会うなって言われたし。うう、どうしたら」

「忍!」

「……航?」


 下を向いてブツブツと何かを唱えていた忍に声をかける。

 すると目の下がクマで真っ黒になったボロボロの忍が顔をあげてこっちを見る。


「忍、俺……」

「ダメ、来ないで。私、もう嫌なの負けるのが嫌なの怖いの」

「何言ってるんだよ?あんな勝負どうだって」

「よくないの、あかねとの約束は絶対だから」

「……」


 こんな痛々しい彼女はやはり見たくない。

 それにきっと、勝負に負けて桜に俺の事をとられたと思っているに違いない。


 ……言おう、自分の気持ちを。


「忍、俺さ忍の事が」

「ちょっと待って早瀬君。」

「え?」


 振り返れば悪魔がいた。

 そう、あかね先輩だ。


 私服姿の彼女はワイルドなライダースジャケットを羽織ってこっちに歩いてくる。


「あのさ、約束は約束だよね?これ以上忍ちゃんを惑わさないでくれる?」

「あかね先輩は黙っててください。今俺は」

「告白するんでしょ?忍ちゃん、早瀬君はあなたのこと好きなんだって」

「!?」


 その瞬間忍の耳がぴくっと動いた。

 しかしまた下を向いて黙り込む。


「先輩、いい加減に」

「忍ちゃんもね、あなたが好き。でもね、彼女にはもうあなたは必要ないの。失恋の味、それがあなたであってそれが実ったらまた彼女はダメになる。それを彼女自身が一番よくわかってるのよ。ね、忍ちゃん」

「……」


 失恋の味?なんだ、俺は忍が成長するためのスパイスでしかない、ということか?

 

「ふざけるな!」

「大真面目よ。それともあなた、忍ちゃんの今後に責任持てる?」

「え?」

「ボロボロになって誰にも相手されなくなって桜ちゃんに負けたそんな忍ちゃんを支えてあげられる?私はできるけど、あなたはどうかしら?」

「で、できるよ」

「だってさ、忍ちゃん。そんなこと言われたら迷うねー。でもやりたいとできるは違うの。どっちが正しい選択か、自分で決めなさいね」

「……」

 

 忍は黙って立ち上がり、その場を去る。


「忍!」

「こらこら、今は私と話してるんでしょ早瀬君」

「……何がしたいんですかあなたは?」

「だから、忍ちゃんが完璧な人間に」

「そんなこと聞いてないんだよ!」


 俺は声を荒げた。

 近くで遊んでいた子供が思わずこっちを見たが、そんなことも気にせず俺は言葉を続ける。


「あんたのおもちゃじゃないんだよ忍は!だから忍が誰を好きでもあんたには関係ないだろ」

「あら、そこまで言い切るなんて素敵ね。わかったわ。それじゃ賭けをしましょう」

「賭け?」

「ええ、忍ちゃんにはそれぞれ一通ずつメールして、明日の放課後待ち合わせる場所を指定するの。果たしてどっちにくるか、それであなたのところに来たなら私は諦めてあげる」

「……わかりました」


 どうしてそこまで彼女が自信を持っているのかはわからないが、とにかく俺は忍に賭けることにした。


 自力で、あかね先輩からの呪縛を解いてもらいたい。

 それは本来俺がやるべきことなのだろうがそれだけでは足りない。


 やがてあかね先輩も去った公園で、俺は一人ベンチに腰掛ける。


 そして忍に一通だけ、メッセージを送信した。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る