第28話 告白

 翌日、学校に行く時に忍の姿を探したがどこにもなかった。

 よほど生徒会室に行こうとか考えたけどそれもやめた。


 あんなボロボロの彼女、見ていられないし彼女も俺に見られたくないだろう。


 代わりにあかね先輩と遭遇した。もちろんしたくはなかったが。


「おはよう、桜ちゃんとのデートどうだった?」

「先輩には関係なくないですか?」

「あるわよ、だって忍ちゃんを突き落としてくれないと。あなたを諦めようとしてても望みがある限り彼女はあなたを忘れない。だから桜ちゃんと付き合って忍ちゃんにとどめをさせてあげてよ」

「ふざけないでください。それは俺が決めます」


 この悪魔め。

 そんなことを思いながらその場を去ろうとするとあかね先輩が一言。


「あなた、結局忍ちゃんが好きなの?」

「え?」

 

 慌てて振り返ったがあかね先輩の姿はどこにもなかった。


 俺は教室に戻ってからもずっと、あかね先輩の最後の言葉を思い出していた。


 そうだ、俺は誰が好きなんだ?

 よくわからない、桜も好きだし忍も気になる、じゃあダメなのか?


 いや、ダメだよな。うん、ダメなんだ。

 だから今日、俺は屋上で桜にはっきりと自分の気持ちを伝えないと。


 思ったより一日が過ぎるのは早かった。

 何をしたのかなんてまるっきり覚えてはいないが、気が付けば放課後。


 俺はゆっくりと屋上に向かった。


 その扉を開けると、桜がいる。

 一人で黄昏るように夕暮れの空を見上げる彼女は、いつもより大人びていて綺麗だと、そう感じた。


「あ、お兄ちゃんきてくれたんだ」

「ああ、約束だからな」

「ふふっ、ここって風が気持ちいいね」

「そう、だな」


 緊張する。

 いつもの桜なのに、どうして今日はこんなに緊張するのだろう。


 俺は、俺は今から彼女に……


「ねぇ、返事聞かせてくれる?」

「……そう、だな」


 俺は言う。

 本当の気持ちを、彼女に伝える。



「桜」

「うん」

「俺……」

「うん……」



「忍が、好きだ」


 そうだ、俺はわかっていた。

 ずっとわかっていたことだが、目を背けていた。

 忍が負けた時も、ボロボロになった姿を見た時も、いやそれより前からずっと彼女の事ばかり気にしていた。


 だけど、それを言ってしまえば、認めてしまえば桜がいなくなるんじゃないかと思って気づかないふりをしてきた。

 

 でも、俺は……


「桜、ごめん、俺」

「いいよ、知ってたから」

「え?」

「だってお兄ちゃん、忍さんのことばっかりだったもん。ああいうグイグイ来る美人、好きなんでしょ?」

「桜……」

「ごめんね、私がムキになったせいで」


 桜は言って歩き出す。そして金網にそっと手を置いてから一言。


「ありがとう、今まで」

「え?」

「なーんてね!あはは、雰囲気出てた?」

「桜……」


 気丈に振る舞ってはいるが、桜の目はどことなく悲しそうだとわかる。

 何か言いたそうなその目で俺をじっと見つめ、そして桜は、おそらくこっちが本音なのだろうことを言った。


「ごめん、今日は帰って」


 俺はそれ以上かける言葉を持ってはいなかった。

 無言で先に屋上から出て行く。


 そしてそのまま真っすぐ家に向かった。


 忍が好き、そう桜に告げた。

 

 こんなこと、忍と知り合って少ししたところからわかっていたことだ。

 なのにもったいつけて、桜を傷つけた。


 忍も、俺にアピールしようと必死で頑張って、挫けて躓いて傷ついた。


 結局あかね先輩の言う通りだ。俺が優柔不断なせいでみんなを傷つけたんだ。

 だから、忍が好きだとわかった今も彼女に連絡をしようと思えない。


 桜はきっと 忍に連絡を取ったのかと訊いてくるだろう。でも、今はそんな気にはなれない。


 俺だけがこのまま……

 いや、俺がよくても今度は忍だってどうなることか。


 結局二兎を追うもの……ってやつか。


 はぁ、桜ごめんよ。



 結局フッた相手の事ばかり考えるなんて矛盾した思考を抱えたまま俺は眠った。

 翌朝一番に携帯を見てみたが、やはり忍からの連絡はなかった。



 今日が休みだというのは俺にとってはまさに恵の雨のよう。

 誰とも会いたくない時に誰とも会わなくていいのは本当にありがたい。


 更に天気は本当に雨。

 というわけで俺は本格的に休みを満喫するべくゴロゴロしていた。


 昼までテレビを見たりゲームをしたりと、最近できなかったことを詰め込んでみたが、気が乗らないのは当然だった。


 ボーっとしながら時間だけが過ぎ、やがて母に呼ばれて昼飯の為に下に降りる。


「おはようお兄ちゃん」

「ああ、おはよう桜……桜!?」


 なぜか食卓には桜がいた。

 思わず大きな声をあげてしまい母が「どうしたのよ」と言う。


「いや、なんでお前いるの?」

「なんでって、おばさんに借りてたもの返しに来たら食べていけって」

「……」


 余計なことしやがって、と思うのは俺の勝手な言い分ではあるがなぜ桜も平気な顔してここにいるんだ。


「あのさ、桜」

「お兄ちゃん、忍さんと連絡とってないでしょ?」

「え?」

「私を振っておいて、それはあんまりじゃない?忍さんのこと諦めるんなら、だったら私と付き合ってよ」

「え、えと」


 あまり大きな声で、しかも俺の家で親までいる状況でそんな話をするなとまずは言いたかったが、桜の言うことはあまりに正論で言葉が出なかった。


「忍さん、お兄ちゃんのこと待ってると思うよ?ちょっとアピールが露骨すぎてうざいくらいだけど」

「ま、まぁそれは」

「はい、だったら家に行きなさいよ。ていうか今からいけ、バカ兄ちゃん」

「桜……」

「いいから、さっさと行きなさいよ」


 俺は桜に手を引かれて玄関から放り出された。

 そして「連絡つくまで戻ってくんな」と言われて玄関を閉められる。


 いや、ここおれんちなんだけど。なんてツッコミはさておき俺は桜に背中を押される形で忍の家に向かった。


 もちろん連絡は繋がらない。

 だからオートロックマンションの中に入れるかもわからない。

 しかし足は止めない。


 何かを決意して俺はやがて忍の住むマンションの前に到着した。



 

 

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