第27話 決断が迫られる

「お兄ちゃん、こっちこっち」

「待てって!」


 今、桜とショッピングモールに来ている。

 ランチは結局パスタなんておしゃれなものを食べていたのでそんなに会話が弾まなかったが、桜は美味しそうにそれを嗜んでいたので俺もほっとした。


 昨日の暗い一日は一体何だったのかと思うほどにゆるりとした空間だった。

 桜と一緒にこうしている安心感は、なにもただ昔から一緒だというだけでもない。


 桜は気が強くて男勝りな部分もあるが、実に女性らしい気の使い方もできる。

 料理を取り分けてくれたり、歩くときは少し後ろを歩いてくれたり、でも荷物を持ってくれと甘えてきたり。


 そんな彼女とのデートは楽しかった。

 だからあっという間に夕方になり、俺たちは晩飯の相談をしていた。


「この後、どうする?」

「うん、その辺で食べて帰ってもいいけど」

「じゃあ、ラーメンでも食うか」

「全然おしゃれじゃなーい」

「なんだよ、嫌か?」

「んーん、いいよ」


 結局昔からよく二人で行った近所のラーメン屋に立ち寄った。

 汚い外観だが味はいい。そんな気張らない店に行けるのも桜とだからか。


 中に入ると、まだ時間が早いのもあり客はまばら。

 しかしその中でひと際目を引く女性が一人でラーメンをすすっていた。


「ずず、ずずず、ずずずず、はぁ。クソ、今頃桜と航は……ああ、死にたい、死にたい死にたい、ずず、ずずずず」


 忍だ。

 桜もすぐに彼女に気が付いて、一度足を止めかけたが彼女はそのまま気にしないように席に着いた。


「お兄ちゃん、こっちこっち」

「あ、ああ……」


 桜が俺を呼ぶ声で、忍は俺に気が付いた。

 

 チラッと目が合った気がしたが、彼女は俺を無視してラーメンをすすっていた。

 あの完璧美女のイメージがある彼女がこんなところで一人ラーメンをすすっている姿はあまりに滑稽で、どうしたのだと心配になるほどである。


 まぁ昨日の敗戦のショックでおかしくなっているのかもしれないが、髪は乱れ目の下は真っ黒になりボロボロの彼女を見ていると声をかけたくなった。

 しかし彼女もまた俺を無視するので、敢えて見ないようにしながらメニューを頼む。


「お兄ちゃんは昔からとんこつこってりだよね」

「お前は塩ラーメンしか食べないもんな」

「うん、だって口クサくなるじゃん」


 桜が言った瞬間、奥の忍が「うっ」と言ってむせた。


 どうやらとんこつを食べているようだ。


「まぁ、帰って寝るだけだし別にいいじゃんか」

「えー、このあとお兄ちゃんの部屋行こうと思ってたのに」


 言うとまた忍が「ぶはっ」と言ってむせていた。

 桜の奴、聞こえるように言ってるのか?


 やがて俺たちの頼んだラーメンが来る前に忍が食べ終わったようで、先にレジを済ませて店を出ようとする。


 思わず俺は「忍」と声をかけてしまったが、なんの反応もなく彼女は外に出た。


「……忍」

「お兄ちゃん、今は私とデートでしょ」

「あ、ごめん」

「……」


 カウンターに並んでラーメンを食べている間は静かだった。

 やがて二人で店を出ると、桜は本当に俺の部屋に来ると言い出す。


「来るのはいいけど何するんだ?」

「じゃあゲーム、私ソフト持っていくから」

「ああ、久しぶりだな桜とゲームするのって」

「私が強すぎてお兄ちゃんいつも半べそかいてたくせに」

「いつの話だよ」


 なんて盛り上がりながら俺の部屋に来ると、桜は慣れた様子で床に座る。

 なんか落ち着く。というか見慣れていてドキドキもしないが、懐かしい気分になる。


「桜、今日は楽しかったな」

「うん、って言っても楽しかったのはお兄ちゃんとだから、じゃないこともないけど」

「なんだよそれ、ツンデレできてないぞ」

「しようと思ってしてるわけじゃないの!ふんっ、ゲーム負けたら罰ゲームだからね」


 言って俺たちは野球ゲームを始めた。

 大したことはない、シンプルなゲームだがいつも俺は桜に負けていた。


 そして今日も劣勢、桜が終盤までリードしている。


「さて、この回抑えたら私の勝ちね」

「罰ゲームかぁ、遠慮してくれよ」

「うん、簡単な奴にしてあげるから」


 結局桜が勝った。

 負けん気は人一倍の彼女、やはりゲームでも手は抜かない。


 そして勝つと大はしゃぎ、俺はそんな桜を見ながらホッとする。


「やったー、完封勝ちね!お兄ちゃん弱すぎ」

「はいはい、俺はどうせゲーム下手ですよ」

「キスも下手な癖に」

「おい、それは」


 桜を見ると、さっきまではしゃいでいたのが嘘のように真剣な顔でこっちを見ている。

 口はどことなくへの字になって、顔を強張らせている。


「桜?」

「お兄ちゃん、罰ゲーム、言っていい?」

「な、なんだよ」

「私と……付き合って」


 どうしてそれが罰ゲームなのだというツッコミは一度置いておくにしても、彼女がここで告白してくるのは意外なことではない。


「えと……」

「なによ、嫌なの?」

「そ、そうじゃない、けどさ」


 俺は桜が好きだ。

 それは間違いない。


 ただ、俺は桜と付き合いたいのか?

 そんなことは考えてもみなかった、いや考えようとしてこなかった。


 あれだけ好きだと言われても、まだ俺は彼女に告白された時どうすればいいか考えようとしていなかった。


 だから焦る。


「ねぇ、聞いてるのお兄ちゃん?」

「うん……」

「で、どうなの?」

「……今、返事しないとだめ、か?」

「心の整理ってやつ?別に、私は待つけど」


 言って桜はゲームのコントローラーをカタンと置いてから立ち上がる。


「明日、放課後に屋上に来て。その時に返事聞かせて」


 桜は部屋を出る。

 俺はそれを見て息を吐く。


 はぁ……どうなるかと思ったけどなんとか……じゃなくてどうするんだ俺?

 桜と、付き合うのが正解、なのかな。


 忍の様子も気になるけど、やはりあかね先輩がいる以上は俺ではどうしようもない。


 だからもう、決着をつけないと……


 

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