第26話 結局のところ

「忍ちゃん、取り乱してた?」

「え、まぁかなり落ち込んでましたけど……」

「そう、よかったわ」

「よかった?」


 屋上の隅で金網を掴んだまま遠くを見ながらあかね先輩が言う。

 まるで自分の思い通りに全ての事が運んでいるような満足そうな表情をして。



「そう、よかったのよ。忍ちゃんにとってはね」

「何を言っているんですか……」

「完璧なバランスで成り立っているものって、一個崩れたら脆いのよね。知ってる?」


 もう彼女の言っていることの意味が俺にはわからない。

 あかね先輩は、曲がりなりにも忍を勝たせようと陰で支えてきたのではないのか?


「で、でも忍は一番じゃないとダメだって、あれだけ熱弁してたじゃないですか!」

「ええ、そうよ。一番じゃないとダメだと思ってた。だって私の前に立つ人なんだから」

「じゃあどうして」

「本人がそれを望んでないって知ったからよ。早瀬君さえいればいいとか、そんな事言い出したんだもの彼女ったら。だからね、一度挫折させてから自分が一番であれたことがどれだけありがたいことだったのか、わからせたかったの」

「……まさか」


 俺はふと考えた。

 いくら忍の圧倒的人気が虚像だったとしても、彼女は学校で人気者だった事実に変わりはないし、一ノ宮さんやあかね先輩に負けるなんて言うのも違和感があった。


「まさかあの投票用紙そのものが……偽装?」

「あら、さすがねー。でも、もう少しだけ気づくのが早かったらよかったのにね」

「本物はどこですか」

「あるわけないじゃない。そんなもの」

「……無効だ」


 そう、この結果は無効だ。

 不正の上に成り立っているものに何の意味もない。

 そんなもののために忍も桜も悩み傷ついているなんて、許せない。


「あかね先輩、この事実を全校生徒にバラします」

「あはは、面白いこというのね。あの投票結果の貼り紙、誰の文字で書いてあるのかしら?」

「あ……」

「あなたがそんな話しても、誰も信じないどころかあなたが犯人にされるだけよ」


 この人はどこまで先を読んで……くっ、反論が見つからない。


「それに、そんなに桜ちゃんが勝ったのが嫌なの?可哀想ね、あなたのこと大好きみたいなのに」

「そ、そうじゃない。ただ、桜もこんな勝ち方は」

「どうしてあなたは本物の投票結果でも桜ちゃんが勝つって信じてあげられないの?」

「そ、それは……」


 そうだ。もし本当の結果が出たとしてもだから結果まで変わるとは限らない。

 もし、それでも同じだったら……


「というわけだから、私がしたことは何も悪くないし、むしろ忍ちゃんのためになるの。今回で敗北と失恋という二つの挫折を味わった彼女は、より完璧な人間になって私の前を歩いてくれるはず。ふふっ、というわけだからあなたは桜ちゃんと仲良くしていなさい」


 言ってあかね先輩はその場を去る。

 

 俺は結局あかね先輩の掌の上で転がされていただけ、ということなのか。

 

 ……何も出来なかった。

 でも、何かしたからと言って結果が変わったのかもわからない。


 ただ事実が受け止められないだけだ。

 しかし、どういう結果なら俺は納得したのだろう。


 やはり忍が勝って桜が負けた方がよかったのか?

 ……違う、そうではない。

 桜と絶縁なんて、そんなのも考えられない。


 はぁ……結局この賭けが始まった時から俺は詰んでいた、というわけか。


 ならどうしようもない、というわけだ。

 悔やんでももう何も変えられない。

 だから結果にだけ素直に従うのが賢い選択、なのだろう。


 俺はおそらく忍がいるであろう生徒会室の前をそのまま通り過ぎて家に向かった。


 そして部屋に戻ると、俺は桜に連絡をした。

 やがて桜は部屋にやってきた。


「お兄ちゃん、デート楽しみだね」

「ああ、そうだな」

「……忍さんのことはまだ解決しなかったの?」

「いや、いいんだよもう。桜が勝ったわけだし忍も割り切ろうと必死だから邪魔したら悪いって」

「そっか。うん、わかった」


 そのあと桜とデートプランを決めた。


 明日は休み。ランチを食べてから買い物をして桜の行きたがっていた展望台に行く流れになりそうだ。


「じゃあ明日、寝坊しないでよ」

「さすがに昼前だから大丈夫だって。それに寝てたら起こしにこいよ」

「なんで私がそこまて面倒みないとなのよ!ちゃんとしてよね!」

「はいはい」


 言いながらも桜は楽しそうだった。

 帰る時の後ろ姿はとても軽やかで、それを見ているとこっちまで楽しく思えてきた。


 一人になり、明日のランチで行く予定の店のメニューを見たりしながらゆるりと過ごす。


 しばらくこんなにゆっくりした夜はなかった。

 だからとても落ち着いた。


 そして落ち着きに慣れてきたころ、落ち着かなくなった。


 忍から連絡が全くこない。

 いつもなら送ってくるなと言いたくなるほどであったのに、一通も連絡がない。


 今朝、彼女と登校したのがとても昔のことのように感じてしまう。


 いや、遠かった彼女と近づいてまた遠のいた。


 ただ、それだけのことだ。


 だから寝よう、明日の桜とのデートのために。

 

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