第25話 決着の後
ついに朝が来てしまった。
俺は正直学校を休もうと思っていたが、忍がそれを許さない。
さっさと迎えに来たかと思えば、話したくない話題を彼女の方から振ってくる。
「今日は桜との決着の日だな。まぁ、桜には悪いが勝負は勝負だ。結果を見てからさっさと仕事をしよう」
今日はまだ登校時間でもない早朝から多くの生徒が学校に向かっていた。
みんな気持ちは一緒だ。
はやく結果がきになるのか、学校の掲示板めがけて皆の足取りが揃っているように見える。
俺の足取りは重く、できれば学校につく前に謎の体調不良で倒れたいと願うほどであったがもちろんそんなことは起きない。
やがて学校につくと、騒然とする人混みの中から会話が聞こえてきた。
「おい、まさかだよな。結城先輩が負けるなんて」
「ああ、でも桜ちゃん可愛いもんな。それに忍さん、彼氏できたしちょっとな」
「メンヘラって噂、あれも本当なんじゃね?今日からは桜ちゃん一本だな」
俺に聞こえてくるのだからもちろん忍にも聞こえているはずだ。
しかし毅然とした態度を崩さない彼女は、人混みの向こうにある投票結果をじっと見つめていた。
もちろんそこには、俺の字で『一位 桐山桜』と書かれた文字があった。
「忍……」
「よし、わかった。では、さらばだ航」
「え?」
忍はそう言って静かに校舎の中にあがっていく。
急いで追いかけて俺は忍を呼び止める。
「おい、忍」
「話しかけるな、賭けは私の負けだ。だからもう私はお前に関わらない」
「いや、それじゃ生徒会の仕事は」
「もう来なくていい。いや、来るな、迷惑だ。来ても追い出す」
「忍……」
俺はそれ以上忍の背中を追うことはできなかった。
彼女は負けた。だからこれで勝負はお終い。ただ、それだけだ。
しかし、本当に彼女はそれでいいのだろうか。
その気持ちを確かめたくて追いかけてきたのだが、決意の固い彼女をみるとそれ以上は何も言えなかった。
教室では桜のことで話がもちきりだ。既にファンクラブなんてわけのわからない団体が発足し、俺にもその入会用紙が配られてきた。
授業が始まっても皆のテンションは高いまま。
ひそひそと話す生徒の会話から時々、忍が云々という内容が聞こえてくるが、俺はそれを聞かないようにしていた。
昼休み、俺は引き続き賑わう校舎を避けて体育館の方へ向かった。
体育館の裏も静かで落ち着ける場所だ。
俺はそんな場所で一人飯も食わずに座り込んでいると、前から誰かを探している様子の桜がやってきた。
「あ、お兄ちゃん」
「桜、どうしたこんなとこで」
「さ、探してたのよお兄ちゃんを。朝から見かけなくて心配で」
「ああ、別に。教室から出なかっただけだよ」
桜は目を合わせないように伏せたままこっちに寄ってきて、「隣いい?」と言って腰かけた。
その時に吹いた風で揺れた葉っぱがカサカサと音を立てる。
「あのさ、忍さん……大丈夫だった?」
「その前に、おめでとう桜。よかったな」
「……なんだろう。あんなにムキになってたのにすごく複雑なの」
「優しいんだよ桜は。教室とかすごいことになってるんじゃないか?」
「うん、みんなからキャーキャー言われてる」
「はは、俺には一生ない光景だな」
「でも、こんなのがしたかったわけじゃないの」
桜は風に舞う葉を目で追いながら、ボソッと話す。
耳を澄まさなければ外界の音でかき消されてしまうようなか細い声で、淡々と話す桜の目にはうっすら涙が浮かんでいた。
「私、忍さんのこと嫌い。でも、こんな勝負で負けたからって掌返したようにみんなにひどく言われる彼女は見たくなかった。ひどいよ、こんな勝負なかったらよかったのに」
「……お前が気に病むことはないだろ。忍はきっと大丈夫だって」
「うん……そう、だね」
結局こんな勝負はなかった方がよかった、なんて今更後悔しても後の祭り。
もう結果は出てしまったのだ。そして、桜が勝った。
だから俺は桜とデートをする。
そして忍とは今後付き合うことをやめる。
あかね先輩のシナリオだということで俺は素直に従おうという気持ちにならないのだが、それでも当人たちが納得している以上俺だけがとやかく言うのはどうかと思う。
結果がすべて。たとえそれがくだらない勝負であってもそういうことなのだ。
「桜、せっかく勝ったんだから、その、デート、するんだろ?」
「え、うん……それは、そうよ!私、勝ったからお兄ちゃんとデートする!」
「わかった、じゃあどこがいい?桜の行きたいところに合わせるよ」
「今日部屋に行っていい?一応考えてるんだけど結構迷ってるところあって」
ようやく桜の調子が戻ってきた。
そうだ、桜が気にすることなんて何もない。
こいつは勝ったのだから、その報酬を慎んでちょうだいするだけでいい。
忍の事は……後で俺がどうにかするとして、今は桜の望みに付き合ってあげる方が先決だ。
「じゃあ夜にうち来いよ」
「うん、わかった。楽しみにしてるねお兄ちゃん」
桜は予定が決まるとさっさと行ってしまった。
そして俺は空腹のまま教室に戻り、まだざわめきの残る教室の雰囲気に辟易としながらもなんとか時間が経つのを耐えて待った。
やがて放課後になり、俺はもちろん生徒会室に向かった。
忍を励ましてやろうとか、慰めの言葉を渡そうなんて思ってはいない。
しかしここまで俺に勝手に関わってきておいて、勝負に負けたらハイさよならみたいなことが許されていいはずもない。
それを言いたくてノックもせずに部屋に入ると、忍がいた。
「えーん、負けちゃったよー。航、航が桜にとられちゃうよー。嫌だよ、嫌だよー!あーんもう死にたい、死にたい死にたい死にたい!航、コーウ!」
一人で泣き崩れる?というよりは取り乱している忍が机に突っ伏していた。
こんな忍は見たことがない。
言葉遣いもいつもと違い、まるで別人に成り果てた彼女は一人大声で叫んでいる。
「うう、つらいよ……辛いよ……」
「し、忍?」
「ん……はっ、航!?何故ここに来た、来るなと言ったではないか!」
もう涙で顔がぐしゃぐしゃなのに気丈にいつもの自分を出そうとする痛々しい姿の忍が見ていられない。
「忍……」
「くるな、私は……負けたんだ。だから私は何の価値もないのだ!もういい帰れ、帰ってくれ!」
俺が歩み寄ろうとするも、忍は机にあった鉛筆を構える。
「これ以上入ったら殺す……頼む、来ないでくれ」
「忍、そこまでしなくても」
「ダメだ、私は、私は……」
再びじわっと涙を浮かべる忍を見ると、これ以上話をしてもダメだと悟った。
俺は無言で部屋を出てから、一人で帰る気にもなれず何故か屋上に足を向けた。
忍のやつ、無理しすぎだろ。
たかが格付で負けたからって何をそんなに……
「あれ、どうしたの早瀬君」
「あ、あかね先輩……」
屋上の扉を開けるとそこにはあかね先輩が一人で立っていた。
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