第24話 真実は大体残酷なものである


「あれ、これって……」


 ない、忍の名前が全く出てこない。


 さっきから出てくるのは桜、あかね先輩、一ノ宮さんの名前ばかり。

 どこにも忍の名前がない。


「こ、これはどういうことなんですか?」

「え、見てのとおりだけど?」

「何をしたんだと言ってるんです」

「何もしてないのよ、それ」

「え?」


 俺は間違いだと思いながら集計を進めてみたが、やはり桜の名前が書かれた紙ばかりが重なっていく。

 忍の名前がようやく出てきたのは百枚以上の紙を仕分けたころだった。


「あなた、隣の人がいいって言うものがよく見えたりしない?」

「え、まぁしますけど」

「そういうことよ。みんなが、誰かは知らないけどみんながいいと言う結城忍という女性はきっとすごいのだと、みんながそう思ってる。ただそれだけで、誰もあの子が特別であの子だけを見てるわけではないの」


 進めていくとちらほら忍の名前が見えだして少し安心したが、それでも桜には遠く及ばない。


「忍ちゃんに彼氏できたら、そりゃ結果なんてこんなものよ。ちなみに前回は三票差で忍ちゃんが勝ってたけど、もう惨敗ね。桜ちゃんの方が人気あるみたい」


 俺が見てきた、俺たちが見てきた結城忍は、あかね先輩によってつくられた偶像であったということ、なのか。


「票数を出さないのも、そういうこと。一位だけがすごくて後は惜しくもなんともないって印象、あなたも持ってたでしょ?忍ちゃんはね、そうやって一番にい続けたの」


 集計が終わった。


 桜が、断トツのトップで次が一ノ宮さん、あかね先輩と続いての忍だった。


「……」

「わかった?これが現実なの。あなたがいなければ忍ちゃんはパーフェクトであれたわけじゃなくて、私がいるから彼女が結城忍であれたわけ。だから、気に病むことはないわよ。じゃあ、結果はその紙に書いて、帰る前に人がいないのを確認してから貼っておいてね」


 あかね先輩はそう言ってさっさと帰ってしまった。


 俺はしばらくその場を動けなかった。

 結果を書かなければ、これは無効になるのではなんて悪いことも考えたが、多分あかね先輩はそこまでバカじゃない、保険は用意してあるはず。


 どうするか迷った挙句、俺は投票の結果を紙に書き込んでから、生徒指導室を出ることにした。


 生徒会室に戻ると、忍はまだ一人で作業をしていた。

 俺はとっさに結果を書いていた紙をカバンに隠した。


「航、あかねには会えたのか?」

「え、いやまぁ。一応」

「そうか、彼女も忙しいからな。しかし、そろそろ集計結果も出ている頃だろう。明日の発表が待ち遠しいな」

「……」


 俺は知っている。彼女が負けたという事実を。

 そんなことも知らずに自信満々な表情でいる忍を見ていられない。


「と、とにかく明日にならないとわからないんだから今日は帰ろう」

「そうだな、明日はここで祝杯でもあげよう。あかねに何か美味しいケーキでも買ってきてもらおう」

「……そう、だな」


 俺は結局結果のことは言えず、忍と二人で下校することにした。


 いつもならしつこい忍だったが、今日はあっさりと自分の家に帰るという。


「明日からは毎日一緒だな。加減はしない、四六時中航のそばにつきまとうことを約束する」

「変な約束いらないよ……」

「風呂もトイレも一緒だ、いいな」

「嫌だ……」

「あはは、トイレは冗談だ」

「風呂は本気かよ……」


 忍は自分の勝利に疑いを持っていなかった。

 しかし、颯爽と帰っていく彼女に本当のことを最後まで言えなかった俺は、彼女とこうして話すのも最後になるのではと憂いた。


 彼女を見送った後はもう一度学校へ引き返す。


 誰もいないことを確認してから、格付の結果を貼り出す使命が俺には残されている。


 静かになった、薄暗いグラウンドを抜けて俺は校舎を目指す。

 

 そして誰もいないことを確認してから、掲示板に結果の書かれた紙を貼る。


 そしてまた誰もいないグラウンドを通り学校を出る。


 そのまま家を目指した。

 やがて家が見えてきたところで、人影が立っているのを見つける。


「桜?」

「お兄ちゃん、何してたの?遅いって」

「ああ、すまん生徒会の仕事を」

「また忍さん?ま、いいけど。ちょっといい?」


 言うと桜は部屋に入ろうとする俺の腕を掴んだ。


「そこの公園、行かない?」

「ああ、いいけど」


 近くの公園に暗い夜道を二人で並んで歩きながら向かう。


「あはは、夜の公園ってなんか独特の雰囲気あるよね」

「一人だと怖いな」

「昔からお兄ちゃんって暗がり嫌いだったよね」

「うるさい、誰でも怖いもんだよ」


 二人で公園のベンチに腰掛ける。

 そして桜が懐かしそうに話をする。


「お兄ちゃん、明日結果が出るんだよね」

「ああ、そうだな」

「私、忍さんに勝ってるかな」

「……どうかな」

「そこは勝ってるって言ってくれないんだ」

「わかんないだろそんなの」


 嘘である。知っている、桜が今回の勝者であり、忍が敗者であることを俺は知っている。


 でも、ここでそれは言えない。

 

「お兄ちゃんは、どっちに勝ってほしい?」

「え、それは……」

「忍さん、なのかなやっぱ」

「……忍は忍で応援してるけど、だからと言って桜も応援してるよ」

「やっぱ優柔不断だね、お兄ちゃんは」


 言って桜は立ち上がり、ぴょんっと軽快に数歩前に出ると振り返りこっちを見る。


「でも、勝った方がって約束は譲らない。だから私、勝ったら全力でお兄ちゃん口説きに行くから」

「おいおい、なんだよそれ」

「でも、負けたらもう関わらないから。それも約束」


 遠い目を空に向けてそう話す桜は、覚悟を決めている。

 しかし、結果を知っている俺は、そんな桜の覚悟に対しても複雑な心境でいる。


「大丈夫だって。そんなことにはならないから」

「なんか結果知ってるみたいな言い方だね」

「い、いやそう言えってお前が」

「冗談だって。……帰ろっか、そろそろ」


 俺たちはまた夜道を二人で歩いて帰った。


 そして家の前で別れて、それぞれの家に入っていく。


 部屋に戻ると忍から一通だけ『明日はあかねが駅前のケーキを買ってきてくれるぞ』とメッセージがあった。


 あかね先輩、どこまでも残酷な人だ。

 いや、今に限っては俺も同じだ。


 こんな忍に対して「楽しみだね」なんて返事をするのだから。


 


 

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