第23話 決着の後には

「いよいよだな、航。格付は私が勝つの一択だが桜にも善戦してもらわないとつまらぬからな」

「うん、それに選挙じゃないしやれることもないからな」


 生徒会室で忍と二人、話をしながら校内の騒がしい様子を感じている。


 格付けはテストの終わった放課後に一斉に誰かから紙が配られて、それに好きな女子の名前を記載してから教室の後ろに置いて帰る。というだけの簡単な投票制だ。


 ちなみに誰がそれを回収して発表しているのかは見たことがないが、結果に文句を言う人間はみたことがないので不正は行われていないのだろう。


 最も誰が勝とうが負けようがなんの影響もないこの格付けのためにそんなことをする輩もいない、だろうが。


「やっほー、二人とも。結果が楽しみだね」


 そこにあかね先輩が入ってきた。

 

 気まずい……


「あかね、結果はもうわかっている。私が勝つ。だから心配するな。それよりだな」

「忍ちゃん、もし負けたらどうするつもりなの?」

「何?」


 あかね先輩が忍に訊く。

 突然の質問に忍は眉間にしわを寄せる。


「どういう意味だ?私が負けるわけ」

「万が一のことよ。桜ちゃんに早瀬君を譲るの?」

「ゆ、譲るもんか!一度デートに貸してやるだけだ」

「ふーん、なんかそれって潔くないよね。負けたらちゃんと身を引く覚悟くらいもたないと」

「な……どうしてそんなことを言うのだあかね」

「勝ってほしいからよ。だから覚悟の問題ってこと」

「……」


 あかね先輩は忍に対していつもと変わらぬ笑顔で話す。

 しかし常に自分の味方をしてくれていたあかね先輩の突然の提案に忍は明らかに動揺している。


「い、いや、それは……」

「自信ないの?忍ちゃんが負けるはずないから心配ないわよ。あれ、それとも自信ない?」

「あ、あるに決まってる!たとえあかねでも私への侮辱は許さんぞ」

「あはは、じゃあ決まりだね」


 あかね先輩はそう言って今度は俺の方に目線を向ける。


「早瀬君も聞いたよね。この格付けで勝った方と付き合うってことでいいかな?」

「え、いやなんで」

「だっていつまでたっても決めきれないじゃん君。だから私が背中を押してあげてるのよ。どうかしら、悪くない提案だと思うけど?」

「……約束は、できません」

「往生際が悪いわね。でも、桜ちゃんは今朝同意してくれたわよ」

「桜が?」


 驚く俺を見てきゃははと声をあげたあかね先輩が、実に嬉しそうに話す。


「負けたら二度とあなたに関わりません、だって。だからあなたは勝った方と付き合う以外に選択肢はないのよ?」

「そ、そんな」

「あ、もし私がいいって言うのなら先に断っておくけどね。あははは」


 あかね先輩は高笑いをしながら部屋を出て行った。


「……航、そういうことだから結果を信じて待つとしよう」

「忍はそれでいいの?なんで勝手にあかね先輩がそんなことまで決めて」

「いいのだ。君も私も自分では何も決められない。だから他人の意見に委ねる。何もおかしなことはない」

「……」


 確かに俺が何か一つ決断していればここまで大ごとにならなかったかもしれない。

 しかしもう遅い、事態は動き始めているどころか佳境に差し掛かっている。


「航、私は勝つ未来しか見えていない。だから信じろ」

「い、いやまぁ」


 忍は自分に言い聞かせるようにそう話す。

 しかし俺は二者択一のこの状況で、選ばれなかった方と縁を切るなんて極端な選択肢が嫌なのだ。


 未練がましい言い方かもしれないが、どちらかを好きになったからと言ってどちらかを嫌いにならなければならない理由なんて存在しないと思いたい。


 だから願わくばこの勝負の決着がつかないでいてほしいとすら思う。


「まぁあかねがあそこまでいうのだからなにか考えがあるのだろう。私は彼女を信じている」

「忍はなんでそんなにあかね先輩を信頼してるんだ?」

「彼女には今まで数えきれないほど助けられた。そして一度も彼女の選択に間違ったところはなかった。だから信じている」

「……忍はさ、自分の意見とか、ないのか?」


 俺は不思議に思った。

 ここまではっきりと自分の気持ちを言葉にできる忍が、なぜ決断となると全てあかね先輩まかせなのかと。


 たとえ彼女の意見が正しくとも、自分はこうしたいと主張することもできるだろうし、そうしたいと一度も思ったことはないのだろうか。


「そ、それはだな」

「忍はこれでいいのか?負けたらもう、俺と関わらないって約束できるのか?」

「……航はどうなんだ?」

「お、俺は……」


 俺は、嫌だ。

 忍と関わるのをやめたいとは、今は思わない。

 

「俺はそんなのは嫌だよ。忍とも桜とも、これまで通り」

「航、それは無理だ」

「え……」


 忍は、俺がそう言ったら喜ぶのではと思っていたが反応は違った。

 毅然とした態度で、俺を見ながら忍は言う。


「私も桜もお前が好きだ。だからどちらかと付き合ったのちに、もう片方と会うなどそれは浮気だ。男女に友情など存在しない。恋愛感情を持った以上はそういう覚悟を持つべきだと、あかねはそう言いたいのだろうし私はそれに賛成だ」

「……言いたいことはわかる、けど」

「案ずるな、私は負けない。勝って航の隣にいる。だから信じて待つだけだ」

「……」


 結局何も決めきれないのは俺だけ、のようだ。

 そんな自分の優柔不断さに吐きそうになりながら、しばらくは無言でその場に座っていた。


 結果は翌日の朝。

 誰がいつ数えたかもわからない集計結果が一階の大広間の掲示板に掲載される。


 しかしここで俺は違和感を覚える。

 

「なぁ忍、この格付は誰がどうやって集計してるんだ?」

「どうしたのだ急に。私も誰かの任意で行っているものとしか知らぬが」

「それにあかね先輩は関わったりしてませんよね?」

「あかねが?それならそれで私に言うだろう。それにあかねが主宰なら、票を操って自分の順位をもっと上げると思うが」


 忍はどうやら本当に何も知らない様子だ。

 しかし俺の嫌な予感は多分的中している。


 あかね先輩がこの格付に一枚噛んでいるのは間違いない。

 敢えて自分の順位を落として目立たないようにしていたのだろう。


 よく考えればだが、誰に何票入ったかなんて記載が一切ないのだ。

 

 ただ誰が一位で誰が二位でなんて貼り紙にどうして誰も疑問を抱かなかったのかは不思議だが、情報操作があったとなればそれも理解できる。


「忍、あかね先輩は?」

「さぁ、帰ったんじゃないのか?」

「……ちょっとごめん」


 俺は生徒会室を出て校舎中を走り回った。


 生徒のいない教室を片っ端から探してまわる。

 しかしあの用意周到なあかね先輩だ、そうそう見つかるはずもない。

 

 一時間ほど経っただろうか。

 部屋という部屋を探して回ったが、結局あかね先輩の姿はなかった。


 そして一度生徒会室に戻ると、忍がまだ仕事をしていた。


「こら、勝手に出て行くな。慌ててどうしたのだ?」

「忍、あかね先輩がどこにいるか心当たりはないか?」

「うーむ、私もあかねが放課後何をしているのかはあまり……そうだ、一度だけだが職員室の奥の生徒指導室から出てきたのを見たことはあるが……」

「それだ!ありがとう、ちょっと行ってくる!」


 俺は再び部屋を飛び出そうとする。

 すると忍に腕を掴まれた。


「おい、あかねがどうしたのだ。理由くらい話せ」

「……あかね先輩に用事があるだけだよ」

「言いたくないというわけか。まぁいい、それなら理由は聞かないが、浮気ではないのだな?」

「それはない、絶対ない」

「よし、わかった」


 忍はあっさり引き下がり、また机に戻って作業を始める。


 俺は忍に声をかけようかと思ったが、今は一刻を争う時なので振り切るように飛び出した。


 そして職員室に行くと、先生が一人残っていた。


「すみません、生徒指導室に用事が」

「生徒が勝手に入る場所ではない、帰りなさい」


 食い気味に先生が言う。

 その反応を見て俺は確信した。ここにあかね先輩がいると。


 しかし先生は俺を入れる気はないようだ。

 なら……


「失礼します!」

「あ、待て!」


 俺は帰るふりをしてから一目散に生徒指導室に飛び込んだ。

 そして中に入ると、あかね先輩が一人で投票用紙を集計していた。


「あら、見つかっちゃった」

「先輩……」


 そんな俺をさっきの先生が引きずりだそうとするがあかね先輩が声をかけてやめさせた。


「いいわよ、入ってきて」


 言われて俺はあかね先輩の向かいにある椅子に腰かけた。


「やっぱり、先輩が集計してたんですね」

「ええ、でもよくわかったわね」

「……順位ですよ」

「順位?」

「はい、あれだけ忍以外の人間に敵意しかない先輩が、この格付だけは四位で甘んじていた。それは自分で操作した結果、だからじゃないかと」

「あはは、名探偵さんだね。なるほど、バカじゃなかったんだ」


 あかね先輩は笑いながら書類の束を俺の前にパサッと置いた。


「でも、バレた以上不正はできないわね。はい、これ全部あなたが集計して真実の票を、結果を貼りだしてあげて」

「……」


 俺は一枚ずつ用紙をめくり、名前別に仕分けを始めた。

 しかしすぐに違和感を覚える。

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