第22話 へたくそ

「もしもしあかね先輩。今どちらですか?」

「あら、私は生徒会室で待ってるわよ。忍ちゃんは病み上がりだからおうちに帰したから心配しないで」


 放課後すぐにあかね先輩に電話をかけると、彼女は生徒会室で既に待っているという。

 俺の緊張はピークに達していた。

 しかしここまで来て逃げることは許されない。


 だから行く、いつもの廊下を通っていつもと違う生徒会室へ。


「失礼します」

「あら、ゆっくりだね。私を待たせるなんていい度胸だわ」

「……すみません、心の準備が」

「あはは、冗談よ。さっ、座って」


 あかね先輩は機嫌が良さそうなフリをしている。

 なんとなくだが内心はかなり怒っているのがわかる。


「さて、話って何?」

「早速ですね……ええと、忍のこと、です」

「あら、覚悟を決めて彼女と付き合うの?なら応援するけど」

「違います、そうじゃなくて。忍と、あかね先輩のことです」


 俺は足を組み俺を見下すように見てくる彼女のプレッシャーに下を向きながらも言葉を振り絞る。

 

「ああ、私たちのことならこの間話した通りよ。私も忍ちゃんもお互いが必要な存在なの。補完し合うってやつ?いいじゃないそれで」

「忍はそれを望んでいません。あかね先輩ともっと本音で語って、本心から仲良くしたいと思っているはずです」


 忍の気持ちを実際に訊いたわけではない。

 だから勝手に代弁するのはおかしな話かもしれない。


 それでも俺は止まれなかった。


「忍があかね先輩のことをどれだけ信用して信頼して、それでいて……好きかって考えたことありますか?」

「ないわよそんなの。大事なのはどれだけお互いにとってメリットがあって必要性があるかってことだけでしょ?」

「そ、そんな基準で友達を選んだりするのは」

「おかしいってなんであなたが決めるの?別に誰とどういう理由で付き合おうと勝手でしょ?」


 俺の話すことがことごとくあかね先輩に潰される。


「……じゃあ先輩の考えてることを全部忍に話してもいいんですね?」

「あら、脅し?でも別にいいわよ。それでどうこうなるあの子じゃないし、私と忍ちゃんの仲はそんなに簡単じゃないのよ」

「……」


 結局話はずっとこんな感じ。

 いくら俺が説得しても、脅してもダメ。

 押しても引いてもあかね先輩はびくともしなかった。


「さて、そろそろいいかしら。もう時間の無駄なんだけど」

「ち、ちょっと待ってくださいまだ」

「言いたいことはわかってるから。でもね、もうどうしようもないのよ」

「え……」


 その瞬間、俺は確かに見た、あかね先輩が寂しそうな顔をしていたのを。

 最後はなにも言わずに去っていく彼女は、もしかして俺が思っていたような人とは違うのではと思ってしまうほど弱々しか見えた。


 結局なんの解決にもならなかった今日の話し合いだが、俺は言うことは言った。


 あとはなるようになれ、ということでこの後は桜との埋め合わせデートの時間だ。


 急いで彼女に電話して待ち合わせると、桜が行きたいところがあると話し出した。


「あのね、私本屋に行きたいんだ。ちょっとだけ見たいものがあって」

「ああ、いいけど。漫画でも買うのか?」

「お兄ちゃんじゃないんだし、もっとちゃんとしたものよ」


 向かった先の本屋で彼女は、真っ直ぐに参考書のコーナーへ行き、ある大学の赤本を手に取る。


「それって……」

「へへ、お兄ちゃんが昔から行きたがってた大学、ここでしょ?」

「お前、なんでそれ知って」

「べ、別におばさんにたまたま聞いただけよ!でも、せっかくだからここを目指して勉強しようかなって」


 ちょっと照れた様子で桜は言う。

 俺はそんな彼女の好意が素直に嬉しかった。


「ありがとう桜。でもまず俺が受かるかどうかわからないけどな」

「べ、別にお兄ちゃんが受からなくても私はここにするんだもん!お兄ちゃんはきっかけよきっかけ。それに」

「それに?」

「……なんでもないわよ!とりあえずこれ買ってくるから終わったら次はご飯だからね」


 桜は一体なにを言おうとしていたのか。

 結局そんなことはわからないまま、本を買った桜と次に向かったのはファミレスだった。


「ここでいいのか?他にもいろいろあるだろ」

「私、ドリンクバーがないと嫌なの。いっぱいジュース飲みたいじゃん」

「ふーん」

「あ、今子供みたいとか思ったでしょ!」

「お、思ってないって」


 今日の桜は一段とテンションが高い。

 嬉しそうにしながら俺の隣を行く桜はまるで昔の桜に戻ったようだった。


 なんだか懐かしい。中学の時は、ずっとこんな毎日が続くような気もしていた。


 しかしそうなるかどうか、それは俺次第というのが今の現状だ。


 そんな折に忍から久方ぶりに連絡がある。

 とは言っても放課後にも一回メールは来ていたが彼女のメール頻度から考えれば久しぶりに感じるものだ。


「ごめん、ちょっと」

「忍さん?」

「ああ、病み上がりで家に帰ってるらしいから」

「気になるんだね」

「ま、まぁ生徒会の人間として一応、な」


 生徒会の人間として、か。

 まぁ嘘ではない。

 嘘ではないが……


「どうしたのお兄ちゃん?」

「い、いや」


 俺は忍のメールを見た。

 するとなんかものすごい文字の羅列が見えた。


『航、昨日はありがとう。おかげさまで体調良くなったぞ。それと昨日は言えなかったが君のそういうところが大好きだ。あとずっと看病してくれていたのもグッときたぞ。それにそれにやはり航の寝顔もいいものだな。うん、そういうところも好きだ。それにもう一つだけ、こうやっていつもメールしていては負担になるかもしれんからこうしてまとめて言いたいことを送ろうと思う。ではまず一つ目だが……』


 もう一目では読みきれない、凄まじい長さのもはや作文レベルのものが俺の携帯の画面を埋め尽くしていた。


「なによ、忍さんに返信しないの?」

「いや、あとでゆっくりするよ……」


 なんか重い、重すぎるんだよな忍の愛とやらは。

 真面目一筋でやってきたとはいえ、こういう長文メールが相手にどう思われるかわからない忍ではないと思うのだが……いや、彼女はそんなものか。


 ふと忍のことを考えてしまいながらも、つらまなさそうな桜を見てハッとし、気を取り直してファミレスに入る。


「さてと、飲み物とってくるから荷物見てて」


 注文を終えると桜はすぐにドリンクバーへ向かう。

 よほど好きなのか、ジュースの他にカップスープなんかも注いで持ってくる。


「はい、お兄ちゃんのはカルピス。好きでしょ」

「いや、まぁ好きだけどさ」

「お兄ちゃんはさ、なんか子供みたいだから忍さんみたいな子供じみた女の人と付き合ったら苦労するわよ」

「子供?忍がか?」


 桜が意外なことを言った。

 おかしなところは多々ある忍だが、決して子供っぽくなどない。

 むしろ大人な雰囲気を纏う彼女は歳も上だし皆の憧れ、象徴のような存在なはずだ。


「うん、あの人って強がって無理してるけど、相当甘えたがりな女の子だと思うよ」

「ふーん、俺にはよくわからないな。まぁ、甘えたがりだってのはなんとなくわかるけどさ」

「ふぅん、甘えるんだやっぱり」

「い、いやそんな気がするだけだって」

「はいはい、わかったわよ」


 言って桜はクスクス笑う。

 たしかに桜の方が忍よりしっかりしてるというか、達観してるよな。

 俺との付き合いが長いから、ということなのかな。


「それより、忍さんに返信まだいいの?」

「あ、しまった!ちょっとごめん」

「はぁ……言っておくけど今日は特別。あの人が病み上がりだからサービスよ。明日からは私といる時は携帯なんて触らせてやらないんだからね」

「ああ、ありがとう桜」

「ありがとう、ね……」


 俺が必死に忍に返信をするのを桜は待ってくれた。


 それが終わると二人で店を出て、家に帰ることにした。


「今日は楽しかったなー。も、もちろんドリンクバーがね」

「はいはい、でも俺も楽しかったよ。桜と久々にゆっくり話できたし」

「そ、そう?ならいいけど」


 今日は桜とゆっくりできたことが本当に良かったと思える。

 あかね先輩のことや忍のことや諸々あるが、今はそんなに不安はない。


 とりあえず桜とこうしていられることが今はただ嬉しかった。


「お兄ちゃん……」

「ん?」


 俺たちの家が見えた時、桜が俺を呼ぶ。

 彼女を見るととても照れ臭そうに顔を赤くして下を向いている。


「なんだよ……」

「目、瞑って」


 その時の桜の口はヘの字になっている。


「……なんで」

「いいでしょ、瞑りなさいよ!」

「はいはい」


 俺はそっと目を閉じた。

 なんとなく予想されるのはここで俺がキスされること。


 そうわかっててもなお桜の言うことを聞く理由は、俺も何かを期待しているからだろうか。


 しかし次の瞬間、俺の鼻がグニッとつままれる。


「いててっ」

「今、キスされるとか思ってたでしょ?」

「な、なんだよ悪いか」

「これだから……ん!」

「!?」


 俺は目を開けたまま、桜にキスをされた。

 そしてグッと俺に唇を押し当てたあと、そっと離れた桜は言う。


「ヘタクソ……」


 桜はそのまま走って自分の家に戻っていった。


 心臓がドクドクと鳴る音がよくわかる。

 桜の唇の感触がまだしっかり残ったまま、俺は自分の部屋に戻る。


 何も考えられない、なんて言うのも少し言葉が違う。

 どちらと言えばキスのことばかり考えていた。


 これがどんな緊張なのか、今は言葉にできない。

 

 そのまま頭を整理することなく今日を終わらせようと眠りにつく。


 そしていよいよ中間テストが始まった。


 1日で終わるそれはあっさりと、あっという間に終わった。

 そしてテストから解放された生徒たちは一斉に盛り上がりを見せる。


 それこそいよいよと言うべき校内美女格付が執り行われる。


 どちらが勝つのか、どちらに勝ってほしいのか。

 一体俺は誰に票を入れるのか。


 そんな緊張とともに俺はいつものように仕事のために生徒会室へ向かう。


 

 

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