第21話 彼女の気持ち

「航、航……」

「ん、ああ……忍。目が覚めたんだ」

「ずっといてくれたのか。すまない、楽になった」


 忍が目を覚まし、うたた寝する俺を起こしてくれた。


 そしてゆっくり体を起こす彼女はまだすこしふらついている。


「む、無理するなよ」

「いや、もう楽になったから体を動かさないとな。うん、航のおかげだ」


 忍は立ち上がり、飲み物を取りに行ってから俺の分のお茶を入れてくれた。


「ふぅ、しかし熱なんて久々だ。最近航の熱にあてられたかな」

「忍も人間ってことだよ」

「……そうだな。しかし、私は他の者に弱いところは見せられない。こんな姿を見せるのは航とあかねくらいのものだぞ。光栄に思え」

「どうしてそんなに無理するんだ?」

「え?」



 俺は思わず聞いてしまった。

 しかし言わずにはいられない。


 忍はどうして、そこまで強くあろうとするのかを。

 多分あかね先輩がそう仕向けているのだとわかってはいるが、忍だってバカじゃない。

 嫌なら嫌で、無理してまでやらないと思う。

 しかし彼女は完璧な生徒会長を演じ切っている。

 何が彼女をそうさせるのか、やはり聞かないわけにはいかないだろう。


「別に弱いところなんて誰にでもあるんだから、他人に見せてもいいんじゃないか?」

「いや、それはあまりに他人に失礼だ。私は自分で言うのもなんだが才能に恵まれた人間だ。だから強くある責務があるし、努力を怠ることはできぬ」


 あかね先輩の言っていたことと同じだ。

 しかし彼女の場合は理由が自分の満足のため、だったが忍はどうなのだろう?


「例えばかけっこで優勝した人間が「自分は大したことない」なんて言えばどうなる?負けた人間全てが否定されることとなるだろう。だから人の上に立つ人間は「自分はここまでやったから凄くて当然だ」と胸を張り、負けた皆が納得するだけの人間である必要があるのだ」

「でも、それって疲れないか?」

「しんどい時もある。だが今は支えがいる。航、君のおかげで頑張れる。だからそれに相応しい人間であろうと思えるのだ」

「……」


 忍の頑張りはなによりも、自分以外の人間のことを考えてのことなのだ。

 彼女なりの優しさ、というか本当に相手のことを考えているからこそわかるその気遣いがあっての今の忍なのだ。

 しかしこの忍の考えがあかね先輩の思惑と皮肉にも一致してしまっている。

 だからお互い目的が違えど無理なくここまできたというわけか。


「それにあかねもだ。あかねはな、こんな私をサポートしてくれる。本当は私なんかよりあいつの方がすごい人間なのに、ずっと縁の下をしてくれている。だからその期待に応えないとな。航とのことも応援してくれているから、早くお前を射止めてやらねばだし」

「……」


 忍はどこまでも俺のことが好き、そしてあかね先輩のことを信頼している。

 しかしあかね先輩が忍のことを相互依存の関係としか見ていないなんて知ったら、忍はやはり悲しむのだろうか。


 ついイライラして明日話をしようなんて言ってしまったが、いざあかね先輩を前にして俺はちゃんと話ができるのだろうか。


「さて、私はもう大丈夫だし今日は遅いから」

「ええ、帰りましょうか」

「泊まっていかないのか?」

「い、いやいやそれは」

「はは、冗談だ。しかし今度万全の時は航、君を押し倒すからそのつもりでな」

「……もう来ないぞここに」

「う、うそだうそだ、だからそんな悲しいこと言うな……」


 今日は体調不良のせいもあってか、いつもより忍が子供っぽい。

 まぁそんなところも悪くはないなと思いながらも、本当に元気になった忍に押し倒される前にと、俺は家に帰ることにした。


 名残惜しそうに俺を見送る忍は俺の気持ちを揺さぶる。

 しかしその前にやらねばならぬことがある。

 あかね先輩との決着だ。


 ここが解決しないまま、仮に忍と恋仲になったとしてもうまくはいかない。

 もちろんそうなりたくてそうする、というよりは俺自身があかね先輩の在り方に疑問を抱くからそうするだけだ。


 部屋に戻り一人でぼーっとそんなことを考えていると、桜から電話が鳴った。


「もしもし」

「お兄ちゃん、もうおうち?」

「ああ、さっき帰ってきたけど」

「さっき……そっか。忍さんは大丈夫だった?」

「うん、まぁ風邪かな?ずっと寝てたし」

「ふぅん」


 桜も桜でいつもより元気がない。

 今日、途中で帰ったことを怒ってるのかな……


「あのさ、今日はごめんな。今度ちゃんと」

「そのことならもういいわよ。別にお兄ちゃんにすっぽかされたくらいで私怒らないから」

「そ、そっか」

「でも、どうしても埋め合わせしたいっていうんなら付き合ってあげなくもないけど」

「う、うんまぁそうだな。今度どこかでまた飯にでも」

「明日しか空いてないわよ私。うん、忙しいんだからいつでもいいだろみたいなのはやめてよね。埋め合わせなら相手に予定合わせて当然だと思うけど?」


 少しいつもの調子を取り戻した様子の桜が言う。

 しかし明日はあかね先輩との話があるので、いつ終わるか正直わからない。


「あ、あのさ明日は用事があって」

「また忍さん?」

「い、いや違うんだ。結構大事な用で……」

「じゃあそれが終わってからでいいよ。別に家で待ってるし」

「あ、ああ。終わったら連絡するよ」


 桜と明日こそデートをすることになった。

 今日の埋め合わせだなんていったが、実際は桜ともう少しちゃんと話がしたい。


 妹キャラの幼なじみとして、ではなく一人の女性としての彼女とちゃんと話をしてから今の俺の気持ちを確かめたい。


 病み上がりのせいか今日は忍からも連絡がないし、明日に備えて寝よう。

 寝て起きたら、また俺の心境も変わっているかもしれない。



 なぜかわからないが、この日はぐっすり眠れた気がした。

 そして翌朝目が覚めると、いつものように忍が迎えに来ていた。


「おはよう。昨日は心配かけたな」

「体調良くなったみたいでよかったよ」

「ああ、何日も休んではいられないからな。あかねにも早く報告に行かねばならんな」

「……」


 忘れていたわけではないが、あかね先輩の名前を聞くとどうしても緊張が走る。

 今日はあの最強、いや最恐の女と話し合う約束なのだ。


 もしかしたら俺はこの学校にいられなくなるかもしれない。

 そんなリスクを背負ってまであかね先輩と話なんてする必要があるのだろうか?


 その時が近づくにつれ逃げる理由ばかりを考えていたが、しかしそれでも忍の様子を見るとそうも言ってはいられない。


 いつか忍が自分で知って傷つく前になんとかしたい。

 それが俺の率直な動機だった。


 授業中も休み時間も昼休みもずっとあかね先輩になんというかばかり考えていた。


 おそらく彼女は自分が納得できなければとことんまで俺を潰すだろう。


 だから彼女が納得するだけの理由で、かつ彼女の考えを否定しなければならない。


 そんな無理難題の答えをずっと探し続けていると、気がつけば放課後にさしかかっていた。

 

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