第18話 いい天気だ

 最近は休日が多い。

 土日の休みはもちろん、祝日も多く連休なんてしょっちゅうだ。


 そんなこんなで今日も学校はない。

 別に学校に行きたいわけでもないのでそれは喜ばしいことなのだが、何かしていないと余計なことばかり考えてしまうのも、暇人の休日の悪い過ごし方である。


 今日は朝から忍が来ることもなかった。

 おそらく深夜までメールをしていたので疲れて寝ているのだろう。


 それに桜からもなんの連絡もない。

 だから退屈でずっと部屋でゴロゴロしている。


 そんな時だ、俺の携帯が鳴る。

 忍かと思って何気なしに電話をとると、聞き覚えのある声がした。


「もしもし早瀬君?私、誰だかわかる?」

「え、藤堂先輩、ですか?」

「ピンポーン、さすが生徒会の仲間だね」


 突然の藤堂先輩からの電話に俺はボーッとしていた頭が覚めた。


 なぜか慌ててベッドから体を起こして、姿勢を正して電話を続ける。


「な、なんの用事ですか?」

「えー、用事がないと電話したらダメ?寂しいなぁ」

「い、いえ何も用事が無い方が嬉しい、ですが」

「あはは、素直だねー。でも残念、用事がないと電話なんてしないよ」


 段々と藤堂先輩の話し声が真剣なトーンに変わっていく。


 そして俺が不安になりだした頃に彼女が一言。


「生徒会室集合、ダッシュで」


 そう言って電話が切れた。

 最後の声はもはや別人だった。


 俺は理由もわからずにただ焦った。

 急いで自転車に飛び乗ってすぐそこの学校まで全力で駆け込んだ。


 そして階段を全力で駆け上がり生徒会室に着くと、そこには藤堂先輩が一人で足を組んで待っていた。


「あら、早いわね。急かしちゃった?」

「はぁ、はぁ……いえ、遅くなりました」


 俺は膝に手をついて息を整えた。

 そして顔を上げて藤堂先輩の方を見ると、いつものニコニコした表情ではなく、どこかつまらなさそうな顔をしていた。


「早瀬くん、あなた忍ちゃんのことどう思ってるの?」

「え、それは……」

「まさかこの後に及んでまだ好きじゃないとか言うつもり?言わないわよね、言うはずがないわ、だって桜ちゃんより忍ちゃんを選んだんだものね」

「い、いやあれはですね……」


 俺は突然の尋問に戸惑っていた。

 当然忍の友人として、彼女の恋愛事情に肩入れするのも理解はできるしこういうことをいつか聞かれるのではとも覚悟していた。


 しかし昨日散々考えて迷った挙句に答えの出せなかったものを今決めろと言われるのは過酷だった。


 それでも藤堂先輩は待ってくれない。


「あのねぇ、忍ちゃんがあなたみたいなのにここまで熱をあげてくれてる現状がどれだけ恵まれてるか理解してる?はっきり言うけど、あなたと忍ちゃんなんて全く釣り合わない存在なのよ?」


 そう話す彼女の声はもはや呆れ気味だった。

 そして耳の痛い言葉だが、もちろんそれはわかっていることでもあった。


「わ、わかってます。だから、だからこそ迷ってるんです……本当に忍が好きなのか、真剣に」

「考えて考えて最後に忍ちゃんを選ぶんなら私はいつまでも待つわよ。でも、万が一そうじゃないなら……まぁそれはいいわ。でも、絶対に忍ちゃんに恥かかせるようなこと、しないでね」


 イライラした様子で藤堂先輩が膝を揺する。

 そして時々机にガタッと膝を当てながら俺を見る。


 俺はそんな彼女の様子に圧倒されながらも、自分の気持ちを正直に話す。


「ちゃんと、ちゃんと考えてます。忍は魅力的だし、俺にはあり得ないほどの人だってわかってます。でも、俺恋愛したことなくて。それに……」

「それに桜ちゃんと忍ちゃんのどっちが好きかわかんない、って言いたいんだね」

「そ、それは、えと」

「よくわかったわ、あなたの気持ちが。うん、よーくわかった」


 言って彼女が席を立つ。

 そして先ほどまでの険しい表情から段々と柔らかいいつもの笑顔になっていく。


「ごめんね意地悪なことばっかり言って。私、悪気はなかったんだけどつい忍ちゃんのことが心配でお節介やいちゃってー」

「い、いえ……優柔不断な俺もいけない、ので」

「悩めるお年頃だもん、仕方ないわよ。それより、ここまで話す仲になったんだし、私のこともあかねって呼んでいいわよ」

「い、いえそれは……」

「あかね先輩、ならいいかしら?」

「あ、あかね、せん、ぱい」

「あはは、照れてるのかな?うんうん、親密度がグッと上がった感じするね。これからもよろしくね、航君」


 差し出された手を握ろうとすると、あかね先輩が一言。


「裏切りは許さないから」


 握手もほどほどにすぐ彼女は部屋を出て行く。

 彼女を名前で呼ぶことになり、俺はむしろ前よりもあかね先輩との距離が広がったような気がする。


 やはり得体が知れない。

 結局は忍のことを考えての行動なのだろうが、なんでそこまで固執する?


 一人残された生徒会室でじっと考えていると誰かがノックをする。


「はい?……って桜?」

「お、お兄ちゃん一人?」

「ああ、あかね先輩がさっきまでいたけど、どうした?」

「……大慌てで走っていくお兄ちゃんが部屋から見えたから、その、しん、ぱい、で……」

 

 よく見ると肩で息をしながら額に汗を浮かべている桜は、俺を追いかけて走ってきたのだとすぐにわかった。


「桜、なんで……」

「だって、昨日、お兄ちゃんも一ノ宮さんに狙われてる時に来てくれたし。い、一応そのお返しよ!」

「でも、俺はお前を」

「いいの、来てくれたからそれでいいの!そう思うことにしたのよ、悪い?」

「い、いや」


 桜は昨日のことを許してくれた、とは少し違うかもしれないが一旦自分の中で消化してくれたようだ。

 彼女の優しさに甘えてばかりなのもどうかと思うが、今は桜に拒絶されなかったことが嬉しかった。


 思わず飯にでも誘おうかと考えたが、先ほどのあかね先輩の言葉を思い出して躊躇した。

 桜は俺の様子を見て何かを察したのか、さっさと帰ると言う。


「どうせ藤堂さんにでも脅されたんでしょ?でもあの人とはいずれ決着つけるとしても今は大人しくしておくわ。じゃあねお兄ちゃん、また勉強教えに来てね」


 桜はさっさと帰っていった。

 俺はまた一人取り残された

 

 そして昼前になり、ようやく忍から連絡が来るとすぐに駅前まで呼び出された。

 自転車でそのまま現地に向かうと、私服姿の忍が時計を見ながら待っていた。


「航、自転車で来たのか。ちょうどいい」

「どうしたんだいきなり?」

「いや、せっかくだから買い物をと思ったが話が変わった。乗せてくれ」

「へ?」


 忍は自転車の荷台に後ろに腰かけてきた。

 

「さぁ、このまま海まで行こう」

「え、海って……結構距離あるけど」

「男だろ、頑張って漕げ」

「……わかったよ」


 この時の忍はいつにも増して無邪気にはしゃいでいた。

 俺は彼女を後ろに乗せて、人混みを割いて海岸に向けて自転車を走らせた。


「いい天気だ、風が気持ちいいな」

「ニケツって生徒会長がやって大丈夫なのか?」

「今日は生徒会長ではない、だからいいのだ」

「……」


 時々彼女の方を見ると、実に愉しそうに風を受けている。

 こう見ると忍もただの女の子、一人のか弱い女性なのかもしれない。


 生徒会長の仮面を被っている彼女とは違う素の部分を俺にだけ見せてくれている、なんて考えると俺の心臓が少しトンっと音を立てた。


 そのまましばらく風を切っていくと、やがて海が見えてきた。


「おお、海だな」

「久しぶりに来たなぁ。自転車、近くに止めてくるよ」


 俺は忍を降ろして駐輪所に自転車を止めてから、再び彼女のところへ行く。


 その時風が強く吹いた。

 忍の長い髪の毛が風になびく。

 

 彼女のその姿がなぜかとても艶やかで、俺は思わず見蕩れた。

 綺麗だな、と足を止めて見てしまっていると忍がこっちに歩いてきた。


「何を呆けておる。せっかくなのだから歩こう」

「あ、ああ」

「なんだ、私の美しさに見蕩れていたか?」

「……」

 

 いつもなら「そんなわけない」と、心の声でツッコミを入れることも出来たが、今日は図星だったのでただ気恥ずかしいだけだった。


 二人で砂浜を歩いていると、時々すれ違う人の視線を感じる。

 やはり忍は美しい。誰もが振り返るだけの魅力が彼女にはある。


「そういえば久しぶりと言っていたな。もしかして一緒に来た相手は桜か?」

「え、どうだったっけ」

「桜だな?おのれ桜め、お前を思い出の中から抹殺してやる」

「……」

 

 こういうところも忍らしさだ。

 完璧に見せかけて実は全くそうではない。

 最近の俺はそういう彼女が癖になっている。


「航、手を繋ごう」

「はいはい、どうぞ」

「はい、は一回だバカ者」

「はい……」


 時に厳しく時にふざける、そんな忍のことを最初は嫌っていたが、今は彼女といると楽しい。

 ヤキモチが過ぎるところもあるが、そんなダメなところも彼女らしさと思えるようになったのは俺が変わった証拠なのだろう。


 でも、もう少しで俺は選ばなければならない。

 桜なのか忍なのか。


 正直どちらともが仲良くしてくれて、今のままでいたいなんてわがままが叶うなら是非そうしてほしい。

 もちろんそうならないことがわかっているからこそそんなことを願う。


 隣で笑う忍の綺麗な横顔が俺をまた迷わせる。

 

 しかし俺の迷いを察してなのか忍が言う。


「今は私といるのだから、私のことを考えてくれないか」


 少し困った顔でそう話す忍は、それでいて嬉しそうにも見える。

 俺も今は忍の事だけを考えることにした。


 しばらく潮の匂いに酔いながら砂浜を二人で歩く。

 ただそれだけの時間が心地よく、久しぶりに休日というものを満喫した。

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