第14話 作戦通り?

 静かな夜の時間とはかくも不気味なものなのか。

 最近は毎日誰かが家に来ていたり、忍のメール乱舞で俺の携帯のバッテリーが摩耗する毎日だったのだが今日は違う。


 夜になっても誰からも連絡が来ないしもちろん誰も家にいない。


 まるで忍と出会ってからの数日が夢の中の出来事だったかのようだ。


 なんてセンチメンタルになってはいるが、よく考えたらこれでいいのだ。

 俺は平穏な日々を求めていたし、今はまさにそれだ。

 だから何も心配することはない。ないはずなのだが……


 一ノ宮さんのことが頭から離れない。

 百合、セフレ、忍推しな上に桜も狙う。


 もう色々と詰め込みすぎな彼女のことを考えると不安になる。


 桜はまぁ、実家だし大丈夫だと思うけど忍はどうだ?

 今思ってみれば忍の家も知らないし家族構成もわからない。


 もし一人暮らしで、そんな彼女に一ノ宮さんが夜這いを仕掛けたりしたら……


 うぅっ、なんか胸焼けする展開だな。

 俺は百合やBLの良さなんてわからないから単純に嫌な気分になった。


 しかしいつまで悩んでいても埒があかないので、久しぶりに早く寝ることにした。


 今日も朝早かったし寝不足続きなのも重なって俺はすぐに眠りについた。



 ここでいきなりだが、明晰夢というものをご存知か。

 ここが夢の中だとはっきりわかる夢、だそうだが実際に見た人は少ないという。


 しかし今、俺は夢の中だと実感できる。

 なぜかと言えば、忍が隣に寝ているのだ。


 あり得ないその状況のおかげで俺は今夢の中にいるのだとはっきりわかる。

 そして彼女の寝顔を見て思う。

 夢の中なら手を出してもいいのかな、と。


 もちろんそんなことはしないが、そんな邪な気持ちをもってしまうほどに忍の寝顔がとても可愛い。

 普段は凛とした完璧生徒会長だが、時々見せるだらしない部分の可愛いところを俺は案外気に入っている。


 しかしどうしてそこまで完璧にこだわるんだろうか。

 もっと普通の可愛い女の子でいてもいいのではないか。


 彼女の寝顔を見ながら俺はふと、彼女の髪を触る。もちろんこれは夢だが。

 そして頭を撫でていると、今度は桜のことを思い出した。

 

 昔はあいつ、俺に頭を撫でてもらうのが好きだったっけ。

 お兄ちゃんお兄ちゃんって懐いてくれて、よくゲームしたり川で遊んだりしたなぁ。

 

 いつかあいつに彼氏ができて、結婚するんだなんて考えた時に胸が痛かったこともある。

 でもそれは妹が嫁ぐ寂しさみたいなものだったと思っていたけど、実際はどうなんだろうか。

 あいつが俺を男として見ている今、俺はあいつを妹扱いすることは失礼なんだろうな。


 ……まだまだ俺は優柔不断だ。

 何も決められないし、何も選べない。


 忍の顔を見ながら桜のことを憂う。

 なんてやつだと自虐的になりながら、そろそろ夢から覚めることを自覚した。



 ……


 目が覚めた、はずだ。

 しかしなぜ、なぜ忍の顔が目の前にある?


「おはよう航、よく寝ていたな」

「おはよう……じゃないよ!なんでいるの!?」   


 俺はベッドから飛び起きた。


「なんでって、昨日全くメールを返さないから心配で夜中に来たのだ」

「夜中って……どうやって忍びこんだ?」

「人聞きの悪いことをいうな、先日お母様から合鍵を授かっている。私は航の家庭教師だからな」

「……」


 うちのセキュリティガバガバかよ……

 まぁ、確かめるまでもなく忍も無事そうだからよかったけど。


「鈴音のことはあかねから色々と聞いた。だからセキュリティを強化するためにも家庭教師の方法を一部変更しようと思うのだが、どうだ?」

「変更?まぁ、内容によるけど」

「よし、今日からは私の部屋で君に勉強を教える。いいな」

「え、忍の部屋?いやそれは……」


 正直断りたい。

 俺の家ならまだ逃げ場もあるしいざとなれば桜もすぐそこにいる。

 しかし向こうのテリトリーに踏み込んでしまったらもうどうしようもない。


 しかしどう断ってよいかがわからない。


「それでは決まりだな」

「ち、ちょっと待って」

「なんだ、不服か?」

「え、えと……その、女子の部屋に入るのはなかなか抵抗が……」


 正確に言えば女子の部屋、というより忍の部屋、と限定したいがそれは無理だ。

 だから曖昧な言い方になってしまったことが仇となる。


「桜の部屋には入るくせに私の部屋には来れないと?」

「え、なんでそれ知って……あっ」

「航……一緒に死のう」

「へ?」


 忍は俺の部屋にある電気スタンドを手に取った。

 そしてそれを構えて振りかざす。


「大丈夫だ、私もすぐ後を追いかけてやる」

「ま、待て待て待て!行く、行くから!」

「本当か?もし嘘だったら」

「本当だって!あー、今日の放課後が楽しみだよ、うん、楽しみ楽しみ」


 もうヤケクソだった。

 まぁどうせ家で寝てても部屋まで来られるんだし、逃れる術は多分ない。


 それなら流れに身を任せて楽しむ方がいい、そうだ、それこそが賢者の選択なのだ。


 その証拠に、部屋に行くと言ったあとの忍はとても機嫌がよかった。

 あからさまにワクワクする彼女は時々独り言で「あのベッド、二人で寝れるかなぁ」とか妄想を口に出していた。


 しかし今更断れない。

 成せばなる、というよりなるようになれといった具合で俺の朝は始まった。

 

 俺の見た夢は果たして本当に夢だったのか、そんなことは聞くだけ火に油な気がしたので聞かなかった。

 寝ている間に変なことをされなかったのか、なんてことも同様に聞くのをやめた。

 聞いたところでいいことはない、そんな気がした。


 まぁ忍の方は相変わらずな調子だとしても、気がかりなのはむしろ桜の方だ。


 昨日告白をされてから、ずっと連絡もないし姿も見えない。


 多分学校のどこかにいるはずなのだが、今日はすれ違うこともない。

 避けられているのだろうか?

 そう思うと連絡もしづらい。


 授業中、忍とメールしながらもずっと桜のことを考えていた。


 そんな状態だったのでうっかり忍のメールに適当な返事をしてしまい、彼女を怒らせることとなる。

 なんだその返事は、なんてメールが雪崩のように送られてきたのでさすがに一度桜のことは頭から忘れた。


 呼び出しを食らったのは昼休み。

 いつもよりも強めのメールで早く来いと言われたので、俺は焦って生徒会室に向かった。


「し、失礼します」

「遅い、何をしていた!」

「い、いや授業を受けてたから」

「そうか、とりあえずここに座れ」


 いつものように忍は俺を隣に座るように要求してくる。

 何か逆らえない空気感だったので、すんなり彼女の隣に座ると忍が俺をじーっと見てくる。


「じーっ」

「し、忍?」

「……航、かっこいい」

「……へ?」


 ポッと顔を赤くした忍が可愛い。

 俺は怒られるものだとばかり思っていたので不意打ちを喰らった格好になった。


「航、航、コウ、こう……」

「ちょ、ちょっと忍さん!?」

「好き、好き好き好き好き好き。好きだ、好きだ大好きだ」

「ど、どう、も……」


 忍の目が酔っ払いみたいにトロンとしている。

 グイグイ体を寄せてくる忍はやがて、俺の肩にもたれかかる。


「し、忍……」

「こうしていたい、甘えたい、支えてもらいたい。ダメか?」

「い、いや……」


 急にどうしたというのだ?何か辛いことでもあったのだろうか。

 いつも変だが今日は特に様子のおかしい忍を横目で見ていると、やがて彼女が話し出す。


「私は、完璧を強いられてきた人間だ。そのプレッシャーは半端ではない。だから、こうして誰かに甘えたい、弱いところを見せたいとずっと思っていた。だから航、お前に甘えたい。私の全てを見てほしいのだ……」

「忍……」


 忍だって人間なのだ。

 そんな当たり前のことを今ひしひしと実感すると、急に彼女が愛おしくなる。

 支えてあげたい、支えてあげなければなんて気持ちが俺のどこかで芽生えてくるのがわかる。


「航……」

「忍……」


 彼女と見つめ合う時間はとても長く感じられた。

 そして自然に彼女の唇に俺は吸い込まれそうになった。


 その時、生徒会室のドアがバーンと開いた。


「忍様、そんな輩に騙されてはいけませんわ!」


 ついにとでも言うべきか、一ノ宮鈴音が生徒会に乗り込んできた。


「鈴音!勝手に入るなと以前から言っておるだろう」

「す、すみませんでも、でも忍様がそんな俗物とキスしようとしているところは見過ごせませんわ」

「私の勝手だ、邪魔するなら貴様と縁を切る」

「そ、そんな……」


 二人は旧知なのか?しかしこの一ノ宮という女、忍にかなりご執心な様子だ。

 品のある顔が台無しになるほどにデレデレとしながら頬を赤く染め、さっきの忍のようにうっとりした目で彼女を見ている。

 その後、俺の方を見ると、急に一ノ宮さんは表情を変える。


「早瀬航、あなただけは許さない。あなたさえいなければ忍様は私のものだった。今頃そこに座っているのは私のはずだったのだ!」

「鈴音、それはないぞ」

「もう、忍様のいじわるー」

「……」


 今日に始まったことではないが、みんな表と裏の顔が極端に違いすぎるだろ……

 特にこの一ノ宮さんはやばい。

 知り合ったばかりでもわかるほどブッ壊れ臭がすごい……

 

 忍と藤堂さんだけでも手一杯なのに更に面倒な人間が増えたことで俺の胃はまたしてもキリキリと痛んだ。


 忍が「さっさと帰れ」といったことで一ノ宮さんは出て行った。

 去り際に俺の方をすごい剣幕で見ていたのはきっと気のせいだと思いたい。


「さて、邪魔者もいなくなったしさっきの続きを」

「え、いやそれは……」


 キスというものはムードが大事だ。

 さっきみたいな雰囲気ならまだしも、改めて「さあやるぞ」なんて空気ではどう頑張っても勇気が出ない。


「なんだ、嫌なのか?」

「そ、そうじゃない、けど」

「まぁいい、ならまた今度だな」

「……え、いいの?」


 意外や意外、あっさりと忍が諦めたので拍子抜けした。

 やがて忍は俺に「さっさと教室に戻れ」と言ってきたので、何が何だかわからないまま部屋を後にした。


 今日は一体どうしたんだと首を傾げながら、少し遅めの昼をとろうと購買に向かっているところで、俺はようやく今日初めての桜の姿を発見した。



「あかねー、甘えるってあんな感じでいいのかー?」

「うんうん、よくできました。早瀬君も忍ちゃんの意外な一面にキュンキュンだったよ」

「本当か?航は私の事、好きになってくれたか?」

「ぐんぐん進んでるから安心して。忍ちゃんは可愛いんだから好きになるに決まってるよ」

「でも、キスしたかったなぁ……」

「時には引くのも作戦だよ、早瀬君も悶々としてるはずだからバッチリだよ」

「そっか……やっぱりあかねがいてくれてよがっだー」

「はいはい鼻水出てるよ。いい子いい子」


 生徒会室での忍と早瀬のやりとりをあかねはずっと見ていた。

 今日の忍の行動は、全てあかねからの指示。それに早瀬はうまくだまされそうになったというわけで、二人は早速次の作戦を考える。


「まだ焦っちゃダメだからね。次は……鈴音ちゃんもうまく使おうかしら」

「鈴音を?でもどうやって」

「任せて。私に考えがあるから」


 二人はその後、昼休みが終わるまでじっくりと作戦会議を続けた。


 

 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る