第8話 ギャップ萌え?
「何を青ざめた顔をしているのだ?」
「え、いや別に……」
忍がお茶を入れてくれたので、俺は椅子に座って一息つくことにした。
藤堂先輩は給湯室の奥に入っていったまま出てこない。
まぁ出てきて欲しいわけではないが。
「私のお気に入りの紅茶なのだが口に合うか?」
「うん、美味しい。香りもいいしなんか贅沢してる気分になれるなぁ」
「そうか、なら毎日淹れてやるぞ。それに私は家事も得意だからな。航の下着もピカピカに洗ってやる」
自信満々にそう話す忍の話を訊いている限り、本当に弱点なんて存在しないのだと思い知らされる。
さすがはパーフェクトクイーンと呼ばれるだけはある。
ただ勉強やスポーツができるだけではなく、家事にも精通し文化人としての側面もあったりするとのことだから恐れ入る。
そんな完璧な彼女なのに、なぜ性格はこうなったとツッコミをいれるところまでが彼女の正しい紹介であろう。
天は二物を与えず、と言うが彼女の場合色々与えられすぎて変なところで帳尻合わされてしまったように思える。
「仲いいね二人とも。いっそのこと(仮)なんてやめて本当に付き合ったら?」
奥から再び登場する藤堂先輩は俺たちをからかう。
実に楽しげで、明るいトーンでそう話すものの目は笑っていない。
彼女の目は俺に「さっさと観念しろ」と言っていた。
もちろんそんなことは一言も言っていないのだが、なぜかはっきりそう伝わる。
「からかうなあかね、私たちは慌てずじっくりとお互いに愛を育んでいくんだ。そうだろ?」
「ま、まぁ焦らずじっくりと、ですかね。あははは……」
その後は三人で談笑しながら優雅なひと時を過ごす。
しかし忘れてはならない、今は授業中である。
うっかり昼休みまでこんなことをしてしまっていて、チャイムの音と同時に俺は我に返った。
「あ、もう昼休みだ……授業、サボってしまったけどいいの?」
「かまわん、生徒会の仕事が優先だ。校則にもそう書いてあるだろう」
「校則?そんなの見たことないですけど」
「なら見ておけ、校則の把握も仕事の一つだぞ」
そういって少し厚めの冊子を俺に渡してきた。
俺はそれを手に取りペラっと適当にめくってみたが、すぐにそこに書かれている内容がおかしいことに気づく。
どのページにも、米印の後に「但し、生徒会役員は業務を優先のためその限りではない」と書かれている。
つまりここに書かれているすべてのことが、生徒会の人間には関係のないこととなっているのだ。
「あの、これって……」
「我々は学校の運営を円滑に行うことが最優先だ。だから授業や風紀やらと言ったものを他の生徒に守らせる為には何をしても構わないということだ」
「いや、普通こういうのって俺たちが模範になるものなんじゃ……」
「他と足並みを揃えていたのでは尊敬こそされど信仰まではされない。我々は特別であるべきなのだ」
「宗教でも立ち上げるつもりなのか……」
まぁ生徒会に理事長の娘がいる時点でここはもう治外法権だ。
好き放題やりたいと考える人間ならこんな状況をラッキーだと思うかもしれないが、俺は別に服装を変えたいわけでも授業をサボりたいわけでもないので、この特別感がかなり気まずいものでしかなかった。
「そんなことより昼だ、弁当を用意してあるからここで食べるぞ」
「あ、ああ……」
「じゃあ私はお二人の邪魔したら悪いから行くね」
藤堂先輩は部屋を出ていく時に「忍ちゃんファイト」と言って忍を励ましてから、ご丁寧に鍵を閉めて出て行った。
そして俺は差し出された弁当を開ける。
すると中には豪華な食材がずらりと並んでいた。
「す、すごい。これ全部忍が?」
「もちろんだ、腕によりをかけて作ったのだから味わって食べろ」
「いただきます……う、うまい」
うまい、うますぎる。
お世辞とかそんなの抜きで死ぬほどうまい。
卵焼き一つとっても今までの概念を覆すほどのうまさだ。
「どうだ、おいしいか?」
「うん、これどうやって味付けしたらこんなにうまくなるんだ?」
「それはな……愛だ」
「……愛か」
誰かを想う気持ちは料理の味をここまで変えるというのか。
だとすれば人の想いもバカにはできない。
しかし俺にとっては重い……
何か俺の背中にものすごいプレッシャーがのしかかるような気分のまま、俺は弁当を口に運ぶ。
もちろん味は一級品なのですぐに完食した。
それを見て忍は満足そうにうなずいていた。
「胃袋を掴むというのは恋愛の初歩だからな。どうだ、掴まれたか?」
「う、うん」
「また食べたいか?」
「も、もちろん」
「毎日食べたいか?」
「ま、まぁ」
「よし、勝った」
「……」
忍は無邪気にガッツポーズを決めてはしゃいでいた。
でも、そんな彼女を見ると少しだけ心が和んでいた。
パーフェクトクイーンと呼ばれ、高嶺の花として手の届かないところにいた彼女が子供のようにはしゃぐ姿を見ると、あまりに高低差の激しいものではあるが少しだけそのギャップにほっこりする。
これがギャップ萌えというやつか……いや、萌えなのか?
「さて、昼からは授業に出るとしよう」
散々喜んだあと、忍はそう言って席を立つ。
もっとここに軟禁されるのではと思っていたので意外だったが、その理由はすぐにわかった。
俺の午後の授業は体育だった。
そして忍のクラスからはグラウンドが一望できるようで、校舎を見上げれば窓からこっちを見る忍の姿が見えた。
俺の運動している光景をじっと見つめる彼女に、同級生の男子たちはみんな目を奪われていた。
しかし彼女の視線の先には俺がいるとわかった途端、彼らは俺に対して恨み妬み嫉みを全開にした視線を送りつけてくる。
授業の内容はサッカーだった。
しかしサッカーとは本来ゴールに向かってシュートを打つ競技のはずなのに、今日はやたらと俺に向かってシュートが飛んでくる。
もちろん俺はゴールキーパーではない。
そしてうまくもない俺はパスを求めたりしない。
それなのに皆の全力の蹴りが俺を襲う。
ドッジボールでもしているのかというほどに俺はボールをよけ続けて体育は終わった。
クタクタになりながらも、更衣室に行くと袋叩きにされそうだったのでこっそりとトイレに向かい、そこで着替えた。
着替え終えて外に出た時も、クラスメイトになるべく見つからないように逃げながら教室へ向かっていると桜に出くわす。
「あ、桜」
「なんでそんなに嫌そうなのよ、私に見つかったらそんなに嫌?」
「そ、そうじゃないけど」
「また忍さん?ほんと情けないわね」
桜は相変わらず機嫌が悪そうだ。
しかし俺は桜の顔を見てふと、なんでそこまでして忍と闘うのか、その理由が気になった。
朝、家に来て色々言ってはいたが、あれは多分本心ではない。
本当は俺の事が好きなんじゃないか?なんて思いながらも、そんな直接的な聞き方もできずに回りくどく質問をする。
「なぁ桜、今日の放課後忍と会うんだろ?」
「そうよ、これからのこときちんと話し合っておかないとあの女なにするかわかんないからね」
「なぁ、なんでお前はそこまでするんだ?」
「そ、それは……」
桜が困った顔をする。
そしてすぐに大きな声で言う。
「だ、だから言ったでしょお兄ちゃんが変な女に好き放題されてるのが見てられないから仕方なしに助けてあげるって」
「本当にそれだけか?」
「……何が言いたいのよ」
俺は桜の事を小さい時から知っている。
だから知っている、彼女が嘘をついたり本音を隠している時はいつも口がへの字になることを。
そして今、桜の口はへの字だ。だから何か隠していることはわかっている。
「お前、もしかして」
「違うから!私別に忍さんに嫉妬とかしてないから!変なこと考えないでくれる?」
「……」
桜の口はずっとへの字のままだ。
それに、また涙ぐんでいる。
なにをそんなに強がることがあるんだと呆れていると授業が始まるチャイムの音が鳴り響く。
「あ、もう行かないと」
「お兄ちゃん」
「ん?」
「私、絶対に勝つからね」
言って桜は走っていく。
俺はその後ろ姿を見ながら考える。
やっぱり桜は俺の事が好きなのかもしれない。
そう思うと妙な気分になった。
あいつをそんな目で見たことはなかったし、今だってそんな目で見ようなんて思わない。
しかしもし本気で桜が言い寄ってきたら……
いや、それはその時にならないとわからない。
俺はしばらく廊下で黄昏れた。
そして授業に遅刻した。
もちろん生徒会案件だと言うと、先生は俺を咎めることなく授業を続けた。
なんとも都合のいい特権だが、使えるものは使う。
そうでもしないと今の不遇と釣り合わない。
美人に求められることは悪いことではない。
しかしいいことばかりでもないということを高二になって初めて知った。
そして放課後になるとすぐに忍から電話がくる。
今から桜と話してくるので終わったら連絡するということだった。
俺は忍に頼まれた仕事をする為に一人で生徒会室に向かった。
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