第6話 勝負をしましょう
「ただいま」
「おかえり航、それに……昨日の方よね?」
「ええ、昨日に引き続きお邪魔し誠に恐縮です。航さんとは懇意にさせていただいておりまして、今日はご自宅までお招きいただく運びとなりました。どうかお気遣いなく」
相変わらず丁寧な挨拶だ。
一体どこで覚えてくるんだろうなんて考えていると、母さんが早速リビングに忍を案内していた。
「ささっ、忍さんごゆっくり。航、きちんともてなすのよ」
母さんは忍の気高さにすっかりだまされた様子で、ご機嫌なまま席を外した。
「さて、何をしようか」
「そうだなぁ、ゲームは俺の部屋にしかないしテレビでも見る?」
「部屋、行ってもいいのか?」
「い、いやちょっと散らかってるし……」
「エロ本には寛容だぞ。だから部屋に行こう」
「いやいやそれは」
「見られたらまずいものが他にあるのか?あるのだな?あるなら今のうちに謝れば特別に許してやる」
「だからないって……」
俺はこんなメンヘラと部屋で二人きりになったら何をされるかわからないので必死に断ろうとしたが、結局無駄だった。
母さんには「ゲームするから」と声をかけてから、忍を部屋に案内した。
「ほう、いい部屋だな。よく片付いているではないか」
「まぁ、こう見えても綺麗好きなんで」
「さて、ここから桜の家は見えるのか?」
「まぁ、窓を開けたら見えるけど」
「狙撃には絶好というわけだな」
「何する気だよ!?」
首をコキッと鳴らした忍は「冗談だ」と言いながらもその目は笑っていない。
「さて、部屋に来たのだから早速始めよう」
「ああ、ゲームならそこにあるんで好きなの選んでください」
「ゲーム?男女が一つ屋根の下にいてやることなど一つだろうが」
「へ?」
忍は「全く最近の男は」なんて言いながら上着を脱ぎだした。
そしてなんの躊躇もなくシャツのボタンを外しだしたところで俺は慌てて止めた。
「な、何脱いでんの!?」
「既成事実だ。私が先に君の童貞をもらい受ける」
「勝手にもらわないでください!俺たち(仮)の仲なんだし」
「相性というものもあるのだから、先にやってみてから考えるのも手ではないか?」
「いや、そうは言っても」
「なんだ、私はやっぱり魅力がないか?」
ズイッと俺に迫る忍からはいつものようにいい香りがする。
香水になにか媚薬でも入っているのんじゃないかと思うほど、この香りは俺を惑わす。
「あ、あの……」
「いいぞ、好きにしろ……」
照れる忍を見ると俺の手が勝手に動きだす。
抱きしめただけで折れてしまいそうな腰に手を回そうとした時、部屋のドアをノックする音がした。
「航、桜ちゃんがきてるわよー」
母さんが扉の向こうからそう言って、また声がしなくなった。
しかし忍に吸い込まれそうになっていた俺は一度我に返って忍と距離をとった。
「し、忍。桜がきた、みたいだから」
「無視すればいいじゃないか」
「い、いやさすがにそれは」
「わかった、私が始末してくる」
「ま、待って待って!」
袖をまくり俺の机にあった鉛筆を手に取った忍が部屋から飛び出そうとした時、扉が開いた。
「お兄ちゃん、部屋に女連れ込んで何してるの?」
「さ、桜……」
桜が部屋に来た。
別に桜がこの部屋に入ることは初めてでもなんでもなく、小学校の頃はよくここで二人でゲームをしたりしていたものだ。
だからなんの躊躇もなく入ってくる。そしてすぐに忍と対峙した。
「淫乱女、男を押し倒そうなんて発想がそもそも年増のすることですよ」
「そういう貴様はここに来るのは初めてじゃないのだろ?しかし未だに処女のままと見受けるが、その大きな胸は飾りなのか?立派なものがあっても宝の持ち腐れだな」
「私は誠実なだけです。すぐにヤラせるようなビッチとは違うので」
「学校でキスをするなんて破廉恥な行為をする方がビッチだと私は思うが?なんなら私の権限で停学にしてやってもいいのだぞ」
「見てたの!?このストーカーめ!」
「なんだとクソガキ」
「やめろやめろー!!」
またしても盛大な喧嘩祭りが開催されそうになったので俺は必死に間に入って二人を止めた。
しかし今日は譲る気がないのか、二人はまだにらみ合っている。
「忍さん、おに……先輩と付き合ったって噂を今日学校で聞きましたけど本当なんですか?」
「ああ、もう噂になっているのか。人気者は辛いな」
「一体どんな手を使ったかは知りませんけど、あなたが先輩と付き合うとか絶対あり得ませんから。そもそもしつこい女ってお兄ちゃん嫌いだし」
「ほう、しかししつこさで言えば貴様も相当だと思うが?」
「私はただ幼なじみが変な女に喰われないようにお節介妬いてるだけですよ!」
「なんだその母親みたいな目線は。ババクサい」
「なんですってババァ!」
「言ったなチビロリめぶっ殺す!」
「だー!やめろって!!」
またしてもお互いが殴りかかろうとしていたので間に入った。
どうしたらこの状況をうまく治めることができるのかわからないまま必死に二人を引き離すと、桜の方から忍に提案を持ち掛けた。
「忍さん、今度の校内美女格付で勝った方が先輩とデートするってのはどうですか?」
「なんだそれは?私は彼女だから貴様の許可なんてもらわずとも航とデートする権利がある。貴様にしかメリットのない話には付き合えんな」
「へー、負けるのが怖いんだ。でも先輩も、忍さんが格付一位だから付き合ってるだけで私に負けた途端フラれたりして。ま、別にそれはそれでいいけど」
「言ってくれるではないか二位以下の分際で。いいだろう、その安い挑発に乗ってやる。私が負ける要素など微塵もないからな」
俺のことなのに、一切俺は話に加われないままどんどんと二人の中で話がまとまっていってる……
このままだといずれとんでもない話にまで飛躍しかねないと思い。「勝手に俺を景品みたいにされても」とツッコむと二人が声をそろえて「黙ってろ」と俺に怒鳴りつけた。
息ピッタリの怒声に俺は黙り込んだ。
もう好きにしてください……
勝った方とデートかぁ……いいじゃないか。うん、美人さんとデートなんて嬉しいなぁ。どこいこっかなー。わーい、次の格付けが楽しみだ―、あはは……
俺は悩むことを放棄した。
「そういうわけだから、抜け駆けはなしってことで次の格付けまでのルールを決めませんか?」
「ほう、正々堂々と真正面からぶつかりたいと申すか。いいだろう、その度胸に免じてその提案を受けてやる」
「では明日の放課後にでもどこかでお話しましょう。誰かさんが買い物に付き合ってくれないようですし暇なんですよ明日」
「ああいいだろう。相手してくれる奴がいなくて寂しい貴様に同情して私の貴重な時間を恵んでやろう」
なんかとんとん拍子に話が進んで、俺を巡っての闘いのルール決めが行われることになったようだ。
うん、好きにしてください。俺が口をはさむとせっかくまとまりかけた空気がまたおかしくなりそうだから……
「じゃあそういうことで、今日はこの辺で帰りましょうか」
「ああ、気を付けて帰れよ桜」
「あなたも帰るんですよ!」
「なぜだ、私はこれから航とさっきの続きを」
「抜け駆けすんなって言ったでしょこのド淫乱!」
桜が大声で叫んだあと、桜ともうひと悶着あってから結局二人は一緒に俺の家を出ることとなった。
見送りに玄関先まで行ったのだが、どっちが先に玄関を出るかなんてところでもまた喧嘩になりそうだったので俺は二人をおびき寄せるように先に玄関から飛び出した。
そして忍がきちんと帰路につくのを確認してから桜も向かいにある自分の家に入っていった。
俺も家に戻ると、何も空気の読めない母さんが「あれ、みんなのお茶とお菓子用意したのに」なんて言ってお盆を持ってうろうろしていた。
そのお茶を全部俺が飲み干して、お菓子を持って部屋にあがるとすぐに忍から連絡が来る。
「今日は残念だった。しかし航の為にも桜には負けん」
今日は珍しくこの一通だけが送られてきた。
俺の為だというのならじっとしててほしいなんて送れるはずもなく、無難に「ありがとう」とだけ返事した。
するとすぐに返事が来た。「彼女として明日も迎えにいくからな。これは抜け駆けではないぞ」と書かれていたので、一応桜との勝負の条件を守るつもりはあるんだな、なんて考えていた。
早起きするのは辛いけど、一応女の子と登校できるわけだしこうして夜な夜なメールをするなんて願望は叶ったんだ。
あとは本当に忍が彼女だったらいいんだけど、というかそれは俺に一任されてることだから俺次第というわけだが……
というより桜の奴はなんであんなにムキになるんだ?
あいつも俺の事を……そう考えるのが自然なんだろうか。
しかしいつから?ずっと一緒にいたせいであいつのことを女性として見たことなかったな。
でもよくよく考えたら可愛いしおっぱいデカいし料理もうまいからなあいつ。
……まぁ告白されたわけでもないし、こんなこと考えても不毛だ。
さっさと寝て、明日また忍に朝から謝ろう。
そう思って携帯をそっと置こうとしたその時忍から電話が来た。
出るかどうか迷ったが、いつまでも鳴りやまない着信に根負けして電話に出る。
「もしもし」
「狸寝入りとは随分だな。寝るまでメールしろと言ったのを忘れたのか?」
「いやまぁ、でもそろそろ寝るし」
「私はもっと話したい。ダメか?」
「……まぁ少しくらいなら」
結局忍の押しに負ける形で一時間くらい電話をした。
内容は本当のどうでもいいことばかりで、数分に一回くらいは「今そっちで物音がしなかったか」や「桜がいるのか?」なんて疑われながらも楽しく会話をしてから電話を終えた。
そして電話を切ってすぐに寝てしまった俺は、翌朝早くに携帯の着信音で目が覚める。
「……何時だよ今、まだ暗いじゃんか。忍のやつ、眠たくないのか……って桜から?」
携帯の画面には「桐山桜」の文字が表示されている。
そして時刻は午前五時、何かあったのかと心配になり電話をとった。
「もしもし桜、どうしたんだ?」
「おはようお兄ちゃん、今家にいるの?」
「あ、ああまだ家だけど」
「今からそっち行くから」
「え?」
電話が切れた。
一体何だったのだと考える余裕もないまますぐに桜が着いたとメールを送ってきたので、玄関に迎えにいった。
桜は家着のまま玄関先に立っていた。
「なんの用事だよこんな早くから」
「まずはおはようでしょ」
「お、おはよう。いやそれよりこんなところじゃなんだしあがれよ」
「お言葉に甘えたいけど抜け駆けは禁止だからね。ここでいいわ」
「そうか。で、何か用事か?」
「そ、その……」
急に桜が顔を朱らめる。
まるで今から告白でもするような、そんな恥じらいを見せる。
いやまさか、ここで告白されるのか……
「さ、桜?」
「……私はね、お兄ちゃんの事なんてどうでもいいけど絶対に誰かのものになるとか嫌だから格付け一位とってデートしてやるんだからね!あんたのために頑張ってやるんだから私のこともちゃんと応援しなさいよバカッ!」
顔を真っ赤にした桜の言っていることは少々意味がわからなかった。
そんなに仕方なしにするんならやめたらいいじゃんかと言おうとしたが、そんな空気でもなかったので俺は口を閉ざした。
「……」
「何よ、そんなにあの年増が好きなの?」
「誰もそんなこと言ってないだろ」
「じゃあ付き合ったのもあいつが無理やりってこと、なんだよね?」
「う、うーんまぁまだお試し期間というかだな、そんな感じなんだ」
「お試し?なんだ、そういうことか。うん、わかった。じゃあまた学校でねお兄ちゃん」
桜は久しぶりに笑顔を見せた。
あどけない純真無垢なその顔は、ずっと見てきたはずのものなのに少しだけドキッとした。
そしてさっさと帰る桜の後姿を玄関の前で見送った後、また部屋に戻って二度寝をしようとした時に忍からのモーニングコールラッシュ、もはやモーニングスコールとでも呼ぶべきゲリラ攻撃が始まった。
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