第5話 カリスマたる所以
◆
桜と一悶着があったあの後から、俺の携帯はずっと震えている。
大袈裟な表現ではない。ずっとだ。
急いで教室に戻っていたことと、そのあとすぐ授業が始まったことで携帯を見るタイミングを失った。
しかし授業中もずっと携帯のバイブが止まない。
これが誰の仕業か、俺にはわかっている。
忍だ。
しかし一体なんのつもりだ?それにあの人は授業中になぜ携帯を使える?
あまりに振動音がうるさいので思わず先生からも「電源を切れ」と言われた。
それをいい事に携帯を開くと、メールがまたしても数十件来ていた……
電源を切るふりをしてこっそり中を見ると「浮気者」とか「ヤリチン」とかばっかりだ。
一体なんのことだと思いながら電源を落とそうとした時、またメールがきた。
そこには『キスされたの見たぞ』と書かれていて、それがなんのことかが全てわかってしまった。
慌てて返信を送ろうとしたが、先生に注意されたのでやむなく携帯の電源を落とした。
そして休み時間に慌てて携帯の電源を入れ直してからすぐ返信をしたが、今度は一回も帰ってこない。
言いたいことを送り尽くしてスッキリした、とでもいうのか……
その後は忍から連絡が来ることはなかった。
しかし俺は桜と遭遇しないようにと、休み時間も教室に身を潜めた。
また何かされてそれを忍に見られたらたまったものじゃない。
そんなまま昼休みになると、急に外が騒がしくなった。
「見ろ、結城先輩だ!」
「ほんとだ、生徒会長、なんて美しいんだ!」
「キャー、結城先輩ー!」
廊下に飛び出した生徒達が皆祭りのように騒いでいる。
忍が二年の校舎に来たらしい。
そしてその悲鳴はどんどん近づいてくる。
「おい、早瀬航はいるか」
ガラガラと俺のいる教室のドアを開けて、忍が俺の名を呼びながら入ってきた。
「お、いたな!いるならちゃんと返事しろ」
「し、忍……さん、なんで」
「忍と呼べと言っただろうたわけ!」
忍がそう言った瞬間、クラス中から、いや廊下からも悲鳴があがった。
俺はこのままだと死ぬと察した。
もう既に何人かが俺の方をすごい目つきで見ている……
「ちょ、ちょっとついて来てください!」
「お、えらく積極的だな」
「……」
俺は忍の手を引いて外に出た。
追いかけてくる生徒たちを振り切ってそのまま非常階段の方まで忍を連れて行った。
「はぁ、はぁ……もう誰も来てないですね」
「こんなところまで連れてきて、エッチなことでもするつもりか?」
「あんなところにいたら命がいくつあっても足りませんよ!何考えて」
「敬語、直ってないぞ」
「あ、ごめん」
「それよりなぜメールを返さない?」
忍は怒っているご様子だ。
しかし単純な怒りというより、もっとドロっとしたものを目の奥から感じる……
「いや、後で返したじゃないか……」
「そんなに後回しなのか私は?なんだ、私以上に優先順位の高い女とは誰だ?桜か、桜だな、桜なのだな!?」
「ち、ちがっ……」
ガンガン俺の方に迫ってきて、俺は階段の際まで追い込まれた。
「このまま階段から突き落としてもいいけど、どうだ?」
「ま、待って……誤解、誤解なんだって……」
「五回?浮気の回数の話か?もうすでに五回もしたとは見上げた根性だな。五回落ちて死ね」
「意味わかんないって!授業中は携帯触れないから返事ができないだけで」
「だったら、生徒会に入ればいい」
「……どゆこと?」
いきなり俺にどや顔で忍が迫ってきた。
「生徒会なら色々と免罪符がある。それにちょうどこの前書記の男子が不慮のトラブルで生徒会をやめたばかりでな。人手が足りていなかったんだ」
「そんな都合のいい不慮のトラブルなんてあるのか怪しいけど……それに生徒会なんて俺はお断りだよ……そういうのは苦手なんで」
「なるほどね、だそうだあかね」
忍がパチンと指を鳴らすとどこからともなくもう一人美女がやってきた。
「あ、あなたは」
「はじめまして早瀬君。この学校の副生徒会長の藤堂あかねです」
もちろん彼女とは初めましてだが、俺はこの人のことを知っている。
影の支配者とか呼ばれていて、この学校の運営の全てを彼女が行っているというのはあまりに有名な話だ。
それにギャルで少しロリな顔立ちなのにそのスタイルはまるで現代版峰不〇子。このギャップに多くの男性が恋焦がれているが全く相手になどされず、いつしか彼女と仲良くなれたら死ぬ、なんて都市伝説まで生まれてしまった。
「藤堂先輩が、どうして……」
「だって忍ちゃん……いえ、生徒会長がお困りの際は私が助けるのが当然の義務ですもの。それより、私たちの提案を断るなんて、それなりの覚悟があっての事なのよね?」
「覚悟……覚悟って言われても別に」
「あなたの成績ってひどいわねー。このままだと留年かしら?可哀そうに、せっかく高校来たのに」
「なっ……」
すぐにわかった、俺は脅されていると。
しかしいくら藤堂先輩と言えど一生徒の進級にまで権限が及ぶはずはないと俺は反論した。
「俺は学年でも成績いい方なんで留年とかありえませんから」
「あら、知らなかったの?内申点ってやつが悪いと進級は無条件に取り消しにできるのよ。それに、その内申を決めてるの、誰だと思う?」
あどけない藤堂先輩の顔はそれでいて悪意に満ちている。
「……つまり先輩には俺たちの生殺与奪の権利があると?」
「さぁ、企業秘密だからねそれは。とにかく、平和に学園生活を送りたいなら生徒会に入った方が得ということよ」
「……わかりました」
俺はあっさりと藤堂先輩に屈した。
なぜかはわからないが、逆らわない方がいいと俺の本能がそう告げていた。
「だそうよ生徒会長。早速書記のお仕事を教えてあげないとね」
「ああ、そうだな。それでは今日の放課後から君は生徒会の一員だ。よろしく頼む」
忍の差し出してきた手を握り、俺たちは固い握手をした。
そして手を離そうとすると、なぜか強く握り返してくる。
「いてて、今度は何なんだ……」
「も、もう少しだけ、いいか?」
「……勝手にしろ」
もう憧れの生徒会長でもなんでもない、ただのメンヘラにしか見えない忍はそれでもなんら変わりはなく美しい。
だからしつこくされてもなんだかんだ許してしまう、なんていうのは童貞男子の浅はかさの骨頂である。
一旦二人と別れた俺は教室に戻る途中から、教室の中でまで皆に睨まれた。
あの結城先輩と一体どういう仲だ、と皆の目が訴えかけてくる。
もちろんそれに対して「忍は俺の彼女(仮)だよ」なんて言えるはずもない。
まだ彼女ならいい、死ぬほど弁明したら理解してくれる奴もいるかもしれない。しかし(仮)はまずい。
言ったらそれは死を意味する。学校で俺という人間の存在が死ぬだけでなく、実際に命までとられる可能性すらある。
それくらい忍は人気者なのだ。
ここにきてようやく俺は、とんでもない約束をしてしまったのだと自覚しうなだれていると、またしても教室が騒がしい。
ふと顔をあげると、目の前に桜がいた。
「桜ちゃんだ、かわいいー」
「あのおっぱい、たまんねぇな」
「おい見ろよ、足めっちゃ綺麗じゃね?」
クラスの男子がざわついている。
しかしそんなことなどお構いなしに桜は大声で話し出す。
「先輩、明日の放課後なにしてるの?」
「明日?いや、実はさ」
「買い物付き合って。ちょっと見に行きたい服とかあるから」
「そんなの一人でいけよ。俺、女物の服とかわかんないし」
「何よ、忍さんは家に呼ぶのに私とは買い物すら行ってくれないってわけ?ずいぶん偉くなったわね」
桜が大声でそういった瞬間、またしてもクラスがどよめく。
俺は慌てて桜の口を塞いでから手を引いてさっき忍と話した非常階段のところまで連れて行った。
「はぁ、はぁ……何回こんなことすればいいんだよ今日は」
「何よ、こんなところまで連れてきて何する気?」
「だから何もしないって……それよりさ、俺生徒会に入ることになったんだよ。だから放課後は忙しくなるかも」
「生徒会?お兄ちゃんが?なにそれ、忍さんに無理やり入れられたんでしょ」
「い、いやまぁ」
「くっだらない。死んじゃえばーか」
桜は怒って教室に戻っていった。
彼女が見えなくなった後でゆっくりと教室に戻ると、もうみんなが俺を睨みつけていた。
今度は聞こえるように「あの野郎桜ちゃんにまで手をつけてるのか下衆め」なんて心無い罵声を俺に浴びせてくる。
しかし甘んじてそれを受けるしかない。
反論すればするだけ泥沼に入りそうだからだ。
人のうわさも七十五日というが、それって結構長いよなぁ……
またしてもうなだれていると俺の貴重な昼休みは終わってしまった。
そして放課後、クラスの視線から逃げるように俺は生徒会室に向かう。
「失礼します」
ノックをして中に入るとそこには忍だけがいた。
「遅い、何をしていた」
「いや、ダッシュで来たんだけど……忍こそ授業は?」
「私は五分前行動が基本でな。授業も五分前に切り上げる」
「いいのそれ……」
しかし今日も藤堂先輩の姿はない。いつも一人なのか?
「あの、藤堂先輩は?」
「あかねは別用だ。なんだ、私よりあかねのような巨乳の方が好みなのか貴様は?」
「い、いえそうじゃないです……」
「じゃあ問題はないな。そこに座れ、君の席だ」
忍が指さした席は……なぜか生徒会長の席の隣、しかも狭い机を二人で使うような配置になっている。
「い、いやもっと広く使ったらいいんじゃ……せっかく部屋も広いんだし」
「ダメだ、君には教えないといけないことがたくさんある。それに……」
「それに?」
「それに、隣でないと手を握れないだろうが……」
「……」
この人、完全に生徒会を私物化してやがる。この密室で俺とイチャイチャすることしかどうやら考えていない様子だ。
「さ、こっちだ。早くしたまえ」
「はいはい」
俺は忍の横に座った。
するとすぐに彼女が書類の山を出してきた。
「今日中にこれ全部に目を通しておけ」
「へ?こ、これ全部?」
「ああ、今度の文化祭の意見書と要望事項、それに夏休みの外泊規定についての変更内容や校則の一部修正、それに……」
目がまわりそうな情報量に俺は戸惑った。
正直忍を見ていて生徒会というものを舐めてもいた。
しかし、なぜ彼女がカリスマとしてあがめられるのか。その理由はすぐにわかった。
仕事ができるのだ。しかも圧倒的に。
この何百枚とある書類の一枚一枚を正確に把握していて、俺が必死に読んでいる横で常に指示を出してくる。
俺はクタクタになりながらもなんとかそのすべてに目を通すべく必死になっているところで忍が「休憩にしよう」と言ってくれた。
「はぁー……生徒会の仕事って楽じゃないんだな。正直舐めてた……」
「私のすごさが少しは伝わったか?生徒の頂点に立つものとしてこれくらいは眉一つ動かさずにこなさねばならない」
「すごいなぁ忍って。尊敬するよ」
「何だと?」
俺のボヤキに忍が反応した。
なにかまずいことでも言ったかなと慌てていると、急に忍が照れる。
「すごいのか、私って……」
「い、いやすごいよ。だってこんな」
「もっと、もっと褒めてくれ。私は、褒められて伸びる子なのだ」
「……すごいよ、忍」
「はぅぅっ!」
「……」
なんかもう軽くイッたような声をだしながら悶える忍の隣で、俺は引き続き書類に目を通していた。
しかし余談だがこの生徒会室、なにか視線を感じるのは気のせいなのだろうか?
もしかして忍のファンがストーカーでもしてるんじゃ、なんて思って聞いてみたが「ここのセキュリティは万全だ。二人の空間は例え神にだって邪魔はさせない」と心強くも少し怖いことを言ってくれた。
そして日が暮れるまで続いた作業がようやく終わったころ、忍が書類を片付けながら嬉しそうに言う。
「この後は、おうちデートだな」
すっかり忘れていたおうちデート。これはもう約束なので逃れる術はない。
俺は問題を先送りにしたくて「もう少し仕事をしたい」と申し出たが「そんなものは明日でよい」と俺の向上心が先送りにされてしまった。
そして薄暗い下校道を二人で帰り、昨日に引き続き忍が我が家にやってきた。
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