第4話 負けてはいられない
俺は寝落ちしていた。
そして朝起きるとまたメールがとんでもないことになっていた。
四十七件のメールの中には「本当に寝たの?」とか「桜とはメールしてるとかないわよね?」なんて内容もあって、俺は起きてすぐだというのに慌てて言い訳のようなメールを送っていた。
するとすぐにメールが来た。
『家の前にいるからさっさと降りてきなさい』
その内容を見て俺は大慌てで着替えて朝食も食べずに外に飛び出すと、美しい立ち姿でこちらを見る忍さんがいた。
「遅いぞ、何時だと思っている」
「お、おはようございます……でもまだ六時ですよ?それに七時に生徒会室だって……」
「一緒に行けば問題ないだろう。それとも私が迎えに来たら不服か?」
「い、いえ、光栄です……」
「航……かっこいい」
「へ?」
「と、とにかく行くぞ」
俺は忍さんに連れられて朝早くから学校に向かった。
これを登校イベントと呼ぶにはいささか無理がある。
勝手に迎えに来られて朝早くから叩き起こされて理由もわからず学校に連れていかれる今の状況を楽しむのは相当な手練れでないと無理だと思う。
いくら忍さんと一緒だとしても朝からドキドキするというよりはげんなりしている。
うちの学校は部活も活発ではないので朝はほとんど人がいない。
もしかして自分の認知度を考慮してこの時間を選んだのか?
「忍さんは朝いつも早いんですか?」
「ああ、皆の登校時間に合わせると大混乱が起きるのでな」
「なるほど……でも俺といるところを誰かに見られたらそれこそまずいんじゃ」
「大丈夫だ、むしろ見せびらかしたいとすら思っている」
「はい?」
「しかし徐々にやらねば学校が崩壊しかねないからな。私はモテるのだぞ、航君」
「知ってますよ……」
俺だってつい昨日まではあなたに憧れていました。
それに淡い恋心も持っていたし、手を繋いだ時とか死にそうなくらい緊張したんですよ。
でも今は一緒にいるのがすんごい不安……もう帰りたいすらある。
しかし強引な忍さんは俺の手を引いてさっさと生徒会室に向かった。
そしてひと気のない校舎を歩いていく。そのまま生徒会室に入ると、昨日同様内側から鍵を閉めて忍さんが俺の方に来る。
「さて、今日は君に話があってきてもらったわけだが」
「え、そんなの放課後でもいいじゃないですか」
「そんなに私といるのが嫌なのか?もしや桜と」
「さ、桜は関係ないです、関係ないですからそのホッチキスをしまってください!」
何を閉じる気だこの人は……ホッチキスを使うヒロインなんて他に……いたな。
「私に指図するとはいい心がけだ。しかし私から武器を奪って襲おうというのなら無駄だ、私は既に君の奴隷だ!」
「何を言ってるんですか一体……」
「つ、つまりだ。君は私を好きにできるということだと言っている」
「は、はぁ……」
「ええい、この鈍感め!私はお前が好きなのだと言っているのだ!」
「なるほど……はぁァ!?」
もし学校に人がいたら誰かが駆け付けるレベルに大きな声で叫んだ。
俺の目玉は多分漫画のように飛び出していたに違いない。
入り口を背にして急にもじもじし始めた生徒会長は、俺の方を少し上目遣いで見てくる。
「そ、そんなに驚くこと、ないだろ……私はそんなに魅力、ないか?」
「い、いえそうじゃなくて……」
なんだこの状況は?俺、今忍さんに告白された?しかも二人きりの鍵のかかった部屋で、朝の誰もいない時間に……
「なんだ、お前は私のこと、嫌い、か?」
「そ、そんなことは……」
やばい、忍さんの顔が近いぃ……
なんかいい香りが……それに改めてだけどなんて綺麗な顔なんだこの人。
こんな幸運、人生にあと何回ある?多分これを逃したらもう一生来ないかもしれない。
全校生徒の憧れである結城忍と、俺は付き合える。
俺が「好きです」と返事をすればパーフェクトクイーンと交際できる。
なのになぜた、なぜ俺の声帯は声を出さない……
「ちなみに私はお前のためなら何でもするぞ」
「え、あ……」
「お前も私を好きにしていいぞ。何をしてもいい」
「お、お……」
「それにメールや電話だって昨日なんかよりもずっといっぱいするぞ。四六時中、二十四時間お前を監視し続ける自信があるぞ」
「……考えさせてください」
最後の忍さんの言葉であっさりと声が出た。
いや、途中までめっちゃくちゃよかったのに最後のはなんだよ。
昨日ですら怖かったのにあれ以上のメールと電話?もう忍さん専用のを買わないと俺一生携帯つかえないじゃん……
それに監視?怖いよ普通に!この人、一体何考えてるんだ?
しかしこんな高嶺の花を一刀両断で捨て去ることなんてできるわけもない。
今すぐ決断できない自分が歯がゆいとすら思っているところはある。
だから考えさせてくれ、なのだ。
「考える……ということはキープか?」
「い、言い方が悪いですよ……でも、いきなりすぎて気持ちの整理がまだ」
「そうか……なら彼女(仮)ではどうだ」
「(仮)ですか?」
「ああ、最近変な男どもが寄ってき過ぎて困っている。だからそういう輩の前で君が彼氏のふりをしてくれれば魔除けになる。私も嬉しい。君はその間に考えてくれればいい。どうだ、悪くない提案だと思うが」
「ま、まぁそれなら……」
「いいのか!?本当にいいんだな!?」
「こ、怖いですって……でも、はい。それで、お願いします」
「決まりだな。それでは私の事は今から忍と呼べ。いいな」
「は、はい」
この瞬間、俺に人生初の彼女、とまではいかないが彼女らしき存在ができた。
その名は結城忍、この学校の生徒会長にしてパーフェクトクイーンの称号を持つスーパー美人だ。
しかしどうしてだろうか、全く嬉しくない。むしろ今からどうなってしまうのかが不安だった。
「早速練習だ。名前を呼びたまえ」
「し、しの、ぶ?」
「かはっ!い、いいぞ、もっと呼べ」
「しの、ぶ」
「くっふー、沁みる、沁みわたる……いい、いいぞ」
「……」
こんな調子をずっと見せられたらどんな美人も台無しだ。
威厳も何もない、ただの変態にしか見えない忍さんは、あくまで彼女(仮)。
そう割り切って、この人と仲よくなれた事実だけを喜ぶことにしようと思う。
「それでは先に行きたまえ。いきなり噂が一人歩きするとまずいからな」
「は、はいわかりました」
「敬語もやめたまえ。タメ口でよい。私たちの関係は徐々に全校に浸透させていく。いいな」
「は……わかったよ、忍」
「ぬはっ!」
「……」
終始悶える忍さん、おっと忍を置いて俺は先に部屋を出た。
一応部屋を出る時も周りを見渡し、誰もいないことを確認してからさっさとその場を離れた。
◆
「おつかれ忍ちゃん、やったじゃん」
「あかねー、緊張したよー!」
「よしよし、忍ちゃんはピュアだねー」
生徒会室にはもう一人潜んでいた。
それはこの学校の副生徒会長、藤堂あかね。
学業、スポーツ共に忍に双璧をなす人物で、校内美女格付(しつこいようだが任意のもの)では堂々の四位を獲得。見た目は白ギャル、顔はロリ、それでいてスタイル抜群。生徒会役員なのに短いスカートに着崩したシャツという恰好をしている。しかし自分のこだわりの為に校則自体をかえてしまったので今では校則違反でもなんでもない。
そんな彼女のことを一部の人間は影の支配者と呼んでいる。
ちなみに忍とは幼なじみだ。
彼女は早瀬が部屋を出て行ったあとで生徒会室のロッカーから姿を現し、腰が抜けそうになる忍を支えながら頭を撫でていた。
「私、航の彼女になれたよー?今日もう帰ってもいいかなー」
「ダメよ忍ちゃん、今日は全校集会あるんだから。それに、まだ(仮)でしょ?ここからが勝負よ」
「うん、わかってるー。でも嬉しいよう。航、航、航、コウ……」
「ほらほら悪い癖出てるよー」
「だ、だって……」
「歳下好きだもんね忍ちゃん。それにタイプな上に初めて手が触れた男子、だもんね彼は」
「うん、運命だよこれは。私……頑張る!」
「昼休みは二人で作戦会議しましょうね。それに、邪魔な女が一人いるようだし」
ペロッと唇を舐めてからあかねは引き続き猫のようになる忍の頭を撫でた。
◆
「ちょっと先輩、なんで無視するのよ!」
「い、いやお前が声かけてくんなとか言ってたじゃないか」
「あんなの社交辞令に決まってるでしょ!」
「使い方間違ってるぞそれ……」
俺は生徒会室を出たあと自分の教室がある校舎に向かっていると桜に出くわしてしまった。
「とにかく、幼なじみの後輩が目の前にいるんだから挨拶くらいするのが普通でしょ!?」
「なんだその理屈は。なら聞くけど、なんでお前最近ずっとイライラしてるんだよ!呼び方も急に先輩とか言ってくるし、変だぞお前」
「だ、だってそれは……お兄ちゃんが私のこと妹扱いするんだもん」
「はぁ?」
俺たちの口喧嘩を何人かの生徒が「またやってるよ」なんて言いながら見ている。
「妹じゃないもん私!」
「そんなこと言ったら俺だってお前の兄じゃないぞ」
「だから先輩って呼んでるでしょ!」
「だからって……今更違和感しかねぇよ」
「意地悪……」
「はぁ?」
桜が涙ぐんだ。
「おいおい痴話げんかで泣かせてるぞ」なんて周りの声も聞こえてくるもんだから俺は焦って桜を人の少ない場所に連れて行った。
「おい、泣くなよ」
「し、知らない!泣いてない!それに校舎裏まで連れてきて何するつもりよ!」
「何もしないって……」
「な、何かしたいとか思いなさいよ!」
「はぁ?」
もう言動がめちゃくちゃだ。
桜もいくら多感な時期とはいえ少々荒ぶりすぎじゃないか?
特に昨日忍さんが来た時なんかは、毛が逆立つほどに怒ってたし。
「朝だって、迎えにいったのにいないし」
「今日の話か?それはだな」
「忍さんでしょ?知ってるもん」
「あ、ああそうだけど……」
「……このっ!」
「え?」
俺は桜にキスをされた。とはいってもほっぺにだったが、一瞬の出来事でもやわらかい感触はしっかり伝わってきた。
「お、お前……」
「ふんっ、あんな女に惑わされてるから目を覚まさせてやろうって思っただけよ!これでちょっとは目が覚めた?」
「い、いや……」
「何よ、もうしてあげないからね!」
桜はさっさとどこかに行ってしまった。
俺は桜にキスされた場所を触って、その感触を思い出していた。
◆
「航……付き合った初日から浮気なんて……殺す」
忍とあかねは偶然遠くから桜が早瀬にキスをする現場を目撃してしまった。
「忍ちゃん、あれは早瀬君のせいじゃないよ。あの桜って子が悪いの」
「わかっている……でも……わーん、浮気されたよー」
「こらこら忍ちゃん、生徒会長キャラが崩れてるよ」
「そ、そうだった……こほんっ、しかし許すまじ桐山桜。私に喧嘩を売ったことを後悔させてやる!」
「負けてられないね!忍ちゃんファイト!」
忍は早速早瀬にメールを送った。また送った。送り続けた。
授業中も休み時間も、ひたすらメールを送り続けた。
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