第2話 推して参る!

「な、なんですか……?」

「なんだ、私が隣に座ったら不服か?」

「い、いえ……」


 結城先輩が俺の隣にいる。

 そんな学校中の男子が憧れたシチュエーションが今ここにある。


 しかし、しかしだ。なぜこんなに不安なのだ?

 なぜかはわからないがすごく嫌な予感がする。


「航君、君には昨日のお礼をしなくてはならない。なんでも言ってくれたまえ」

「なんでも、ですか?」

「ああ、どんな要求でも構わないぞ」

「え、えと……」


 ち、近い。なぜ一言喋るごとにこっちに寄ってくるんだこの人は……

 あ、でもいい香りだ。結城先輩ってお花畑みたいな香りがする。お花畑行ったことないけど。


「さぁ、早く言いたまえ」

「わ、わかりました」


 必死にお礼の内容を考えたが、これといって思いつかない。

 しかしなんでもとは言っても、エロ方面の要求は逆に説教されそうだし……

 ダメ元でデートにでも誘ってみようかな。


「そ、それじゃ俺とデートしてください、なんてどうですか?」


 冗談っぽく言ったつもりだったのだが、結城先輩は急に勢いよく立ち上がった。


「デ、デートだと!?」

「あ、いやダメなら、いいですすみません……」

「いや、いいぞ。デートをしよう」

「へ?」


 今……デートをしようって言った?


「デートがいいわね。そう、デートよ。デート以外のお願いなら私断っていたくらいだわ。うん、デート、デート……でへへへ」

「あ、あのー……」

「こ、こほんっ。それで、デートはいつが良いのだ?私も多忙な身ゆえにあらかじめ時間を指定してもらった方が助かるのでな」

「え、ええと俺はいつでも空いてるので先輩の都合のいいところでいいですけど」

「じゃあ明日だな」

「明日、ですか?」

「ああ、明日だ。明日以外は認めない」


 もう俺の膝に乗っかってしまいそうなくらいに距離を詰めてくる結城先輩はそう言った。

 なぜかは全くわからないが、とりあえず俺は明日結城先輩とデートをすることになった、らしい。


「じゃ、じゃあ明日デート、してもらえるんですか?」

「私に二言はない。というより本当にデートしてくれるの?」

「え?」

「い、いや何でもない。とりあえずデートを約束した仲になったのだから連絡先を教えたまえ」

「あ、はい。」


 俺は結城先輩と連絡先を交換した。

 まさか彼女の連絡先が俺の携帯に入る日がくるなんて思いもしなかった。

 例えるなら一般人が女優を捕まえて結婚するくらいすごいことなのだこれは。


「はい、連絡先入りましたよ」

「航君の連絡先……ふふ、ふふふ」

「あ、あのー……」

「はっ。な、何かしら」

「……」


 なんか変だ。この人、やっぱり変だぞ。

 時々見せるあのだらしない顔は一体なんなんだ?

 それに、なんで今この部屋って鍵を閉められているんだっけ……


「よし、そうと決まればこの後はデートのプランを考えるぞ」

「え、えと、そう言えば生徒会の他の人たちは来ないんですか?」

「もちろん帰らせた……ではなく今日はたまたま生徒会が休みだっただけだ」


 今はっきりと帰らせたって言ったよな……言ったよな?


「そんなことよりだ、航君はどこか行きたいところはあるか?」

「そ、そうですね……」

「なければ君の家でもよいぞ。おうちデートも悪くはない」

「え?」

「なんだ、家に来られるとまずいことでもあるのか?」

「い、いえそうじゃなくて」


 だから近いって……

 もう俺にキスでもするんじゃないかというくらい近い。

 やばい、なんか俺の太ももに乗っている先輩の手が変なところに当たりそう……


「では君の家で決定だ。して、今は実家か?」

「は、はいそうですけど」

「ちっ」


 今舌打ちしたよなこの人……

 しかし結城先輩が家に来るだって?一体今俺の身に何が起こっているんだ……


「じゃ、じゃあ明日はよろしくお願いしますということで……」

「そんなにさっさと帰ろうとするな、失礼だろ」

「い、いえそういうわけじゃ」

「寂しいじゃないか……」

「え?」


 急に先輩の目つきが変わった。目を潤ませながらねだるように俺を見上げてくる。

 そして俺の足にあった彼女の手が俺の体を伝ってくる。


「せ、先輩……?」

「なんだ、大人の女性は嫌いか?」

「え、えと……」


 こ、これは……迫られている?

 まさか、俺が結城先輩に?い、いやしかしこれはそういう雰囲気だ。そうとしか考えられない。


 先輩の目がうっとりしている。綺麗だ……

 俺は流れに身を委ねて先輩にそっと手を伸ばそうとした。


 その時俺のポケットの携帯が鳴った。


「なんだ、携帯の電源は切っておきたまえ」

「す、すみません……あ、家からです」

「そうか、さっさと出たまえ」

「は、はい……」


 ちくしょー、何の用事だよクソオカンめ!俺の人生のターニングポイントを潰しやがって……

 絶対にあのままキスできたよな?出来たはずなんだ。もうしてたはずなのに……


 そんな悔しさと腹立たしさを込めて席を立ってから俺は電話を受ける。


「もしもし、なんだよ一体」

「ちょっと、今どこにいるのよ!なんで帰ってこないの!?」

「さ、桜?」


 電話の声は桜だった。


「何よ、今日はおにい……先輩の好きなケーキが安かったから買ってきてあげたのになんでいないのよ。いないならいないってラインしといてよ!」

「んな無茶な……と、とりあえずもう少ししたら帰るから」

「ふん、あんまり遅かったら先輩のケーキも食べて帰るからね!」


 電話を切られた。

 大声でキーキーいうもんだから俺の耳がキンキンする。


「先輩すみません、ちょっとこの後用事が」

「今の誰?」

「え?」


 結城先輩がうつむいて肩を震わせている。

 もしかして、怒っている……?


「い、今のは一年の桐山桜ってやつで。昔から家が近所で幼なじみというか妹みたいなやつというか」

「幼なじみ?妹?なにそれ、彼女?なんで君の家から電話してくるんだ」

「い、いやあいつとはそんな仲じゃ……」

「あいつ?」


 ガバッと勢いよく立ちあがった先輩は俺の方に迫ってくる。

 そして懐から出てきたのは……シャーペン?

 そのシャーペンが俺の目ををロックオンした。


「ひっ……せ、せん、ぱい……?」

「そんなにそのさくらんぼちゃんのところに早く帰りたいのか?ええ、どうなんだ?正直に言え、言わないとぶっ刺す」

「い、いえそういうわけじゃないんですけど……あいつ怒ると怖いんで……」

「なんだそれは、君の嫁か何かかそいつは?」

「い、いえそんなわけは……」


 桜が怒ると怖いなんて言ったけど、今の先輩もめちゃくちゃ怖い。

 目が据わっている。ていうか焦点が合っていない。

 なんて闇の深い目をしているんだ……


 じりじりと部屋の端っこに追い込まれた俺は逃げ場が無くなった。

 そして先輩の持つシャーペンが少し俺に迫った時、今度はメールの通知音がした。


「またその子からか」

「さ、さぁ……」

「遠慮せずに見たまえ」

「い、いえ別に」

「なんだ、私に見せられないような内容なのか」

「そ、そんなことはないです……み、見ますから刺さないで……」

「貸したまえ」

「あっ」


 先輩が俺から携帯を取り上げてメールを見た。

 そこには桜から「早く帰ってきてよ。あと帰りに飲み物よろしく」とメッセージが届いていた。

 それを見た先輩はすごい剣幕で俺を睨んでくる。


「……」

「あ、あいつは人遣いが荒いから、こういう図々しことばっかり言うんですよね、あは、あははは」

「殺す」

「へ?」

「殺す、殺す殺す殺す絶対殺す……」

「せ、先輩……?」


 歯をギリギリと食いしばりながら手に持った俺の携帯を握りつぶす勢いで手に力を込めている。

 反対の手に持たれたシャーペンは今にもへし折れそうだ……

 先輩はもう一度俺の携帯を見た後、一旦俺に背を向けた。

 そして振り返りながら俺に言ってくる。


「今から君の家に行くぞ」

「い、今からですか!?」

「何だ、桜ちゃんはよくて私はダメなのか?」

「……」


 一応先輩の目は元に戻ったが、しかしまだブツブツと何かを言っていた。

 「いくぞ」と言われてさっさと部屋を出された後、廊下を歩いている時に先輩が「死ね死ね死ね死ね死ね」と呟いているのが聞こえた。


 俺は何も話しかけることができずに黙ってついて行った。

 幸いだったのはあまり他の生徒とすれ違わなかったことくらいか。

 

 そのまま正門を飛び出した時に先輩がようやく顔をあげて俺の方を見てきた。


「君の家、どっちだ」

「あ、こっちです。うちって近いんでもう見えますよ」

「そうか、それで桜とやらの家もすぐそこなのか?」

「え、ええ向かいですけど」

「ほう」


 一体何に納得したんだ?もしかして桜の家を……い、いやこの才色兼備の先輩に限ってそんな物騒なことは……


「燃やす」

「やっぱり!?」

「冗談だ。しかしその桜とやら、可愛いのか?」

「え、まぁ一応校内の美女格付で先輩の次でしたからそれなりだとは……」

「そうか」


 まるでモデルのような綺麗な歩き方で俺の横をスタスタと歩く結城先輩は、ちょうど俺の家が見えてきたあたりで足を止めた。


「せ、先輩?」

「手、繋いでいいか?」

「……へ?」

「何度も言わせるな!君に拒否権はないからな」

「あっ」


 俺の無防備な左手が結城先輩の右手に掴まれた。


「ど、どうだ少しはドキッとしたか」

「あ、あ……」

「ど、どうした?」


 結城先輩と、手を……手を繋いでいる、だと?

 やばい、先輩の指、折れそうなくらい細いのに、なんでかあたたかい……


「さぁ行くぞ」

「は、はひ……」


 もう何も考えられなかった。

 横でなにかワーワー言っているが俺の耳には届いてこない、というか聞き取れても脳が処理できていなかった。

 

 そしてすぐ俺の家に着くと、うっかり先輩と手を繋いだまま家に入ってしまった。


 


 

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