第4話

 梅川広史は陸上競技部である。種目はやり投げ。秋の県大会では、あと数センチで北信越大会へ進めたレベルである。二年生の冬季トレーニングで更なる競技能力の飛躍を目指していた。梅川の身体の特徴は、肩が異常に柔らかいことだった。大谷翔平選手のように腰に手を当てたまま、くの字になった肘を体の前方でくっつけることが出来たのである。単なるウェイトトレーニングだけでは飽き足らなかった。何か新しい視点を欲しがっていたのだ。親からは、カンフー映画で窓拭きのような動きのことを教えられていたくらいだ。

 その彼が鵜飼の目に留まったのは単にはんが甲子園のポスターの前に立ち尽くしていたからである。恐る恐る問う鵜飼に、

「これからシーズンは大会はないから協力はやぶさかではない。肩の柔軟性向上のトレーニングになるだろうか」

 あっさりと参加が決まった。

 はんが甲子園参加者は文型の男子女子である。その中でも陸上を、しかも投擲競技をしている、身長一八〇センチ越えの細マッチョは目立った。いい意味でも悪い意味でも。なぜなら、彼の担当は馬簾。下絵は内海が、彫りは鵜飼が担っているため、「協力の準備はいつでもできている」と梅川に言われているものの、予選出品の作品制作で彼の実力を知っている内海も鵜飼も「大丈夫」と言うしかなかった。その空いた時間で梅川が行っていたのは、ストレッチや体幹トレーニングばかりではなかった。上半身を左右に捻りながら両腕を鞭のようにからませる運動を繰り返していた。気功のスワイショウと言うらしい。

「かめはめ波とか打つなよ」

 下絵を終え、すっかり肩の荷が下りた内海がからかっても、

「これが終わったら、今度は競技かるたでもやってみようかと考えている」

 あくまでマイペースだった。こんなことはしょっちゅうだった。梅川にとっては至って真面目で真剣になればなるほど、周りには奇異にうつった。そのことの方が梅川にとっては疑問でならなかったが、それを分かってもらうために理路整然と説明するとかはしなかったし、そうも思わなかった。他人は他人。この割り切りが梅川に染みついていた。

 その梅川の登場になったのは作業最終日、三日目の午後だった。他の校はすでに何回かの着色で試行錯誤を繰り返していた。ダントツほどではないが、作業スピードが遅い部類の校に数えられた。ようやく色を付け、馬簾を始めたものの、色むらが激しかった。

「そこははみだしちゃだめだろ。肩の力でも入ってんのか」

 内海が覗き込むようにしてから肩をまわして見せた。やり投げの試技中も無駄な力を入れないよう気を付けていた。それはこの場でも同じなのだが、やはり勝手が違うのか、全国規模の大会の雰囲気にのまれているのか、梅川は真似た以上に肩を回した。

 二回目の着色を始めた。内海も鵜飼も協力した。といっても、鵜飼からは

「このへんは強めに、このへんは軽めに」

などなどの美術部らしいアドバイスを、内海からは

「こんなのもあるぞ」 

ひたすら肩関節の可動域を広げるようなストレッチの見本が示されただけだが。

そのせいか、二度目は一度目よりも豪快な仕上がりとなった。

「いいけど、ちょっと」

「悪くはないな」

 鵜飼と内海は梅川の知れないジャンルで戸惑いを抱いていたが、奇しくも

「俺ももう一度トライしたい。ようやく肩が温まって来たところだ」

 梅川は馬簾を持って肩を回した。

「じゃあさ、ちょっと待ってくれる? 気になるところ彫るから」

「俺も彫ってもらい箇所がある。鵜飼がダメってなら彫らなくてもいいけど」

 二人はこそこそと話して、結局は内海案も採用されたようだ。十分ほど待って、三度目のトライだった。


 彼らの作品がステージの係員に渡されたのは、提出締切三分前だった。

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