スマホを落としただけなのか?

クロロニー

スマホを落としただけなのか?

 私の学校での唯一の友達、そらの死体が学校の校庭の茂みで発見されたのは早朝のことだった。口の中に木の枝を突っ込まれた状態で発見されたそうだ。4年2組の教室でそれを知った私は嗚咽を堪えきれずわんわん泣きながら6年生の教室の前にやってきてお兄ちゃんの名前を叫んだ。お兄ちゃんは優しいからいつも私を助けてくれるし、名探偵だからなんでも解決してくれる。案の定すぐに教室から出てきて、私の言葉にならない声に優しく耳を傾けてくれた。私はすぐには落ち着くことが出来ず、はじめは何を言っているのか自分でもよくわからないような状態だった。お兄ちゃんはその間中ずっと背中をトントンと軽く叩いてくれて、それで私は段々と落ち着いてちゃんと話せるようになった。そらが昨日の夕方から行方不明で不安だったこと、今朝クラスの女王の加奈ちゃんが事件のことを大声で話していたこと、とてもひどい死に方をしていたらしいこと、同じ4年2組の仲間だったのにみんな薄情だったこと、そしてなんとしてでも犯人を見つけて欲しいということ。


 それから朝のホームルームの時間を告げる本鈴が鳴るのもお構いなしにお兄ちゃんは校長室へ向かい、躊躇なく中に入った。お兄ちゃんはその優秀さから校長先生からもある程度の信頼を得ている。事件のことを知るには校長先生に聞くのが手っ取り早い。


 しかし学校側は特に犯人探しをしようとはしていなかったらしい。校長先生が理事長と事件への対応について「なんとかこれ以上大事にはならないように、事故だったということで――」と話をしているのを聞いて、お兄ちゃんは厳しい口調で口を挟んだ。


「これは事故なんかではなく学校の誰かが殺したのです。事件性があるのは一目瞭然じゃないですか? こんなのを有耶無耶にしてしまったらみんなが怯えてしまいます。犯人は絶対に見つけるべきです!」


 お兄ちゃんの必死の直訴に学校側もだんまりを決め込むことは出来ず、結果として警察が簡単な検死解剖を行うことになった。するとそらの胃の中からスマホカバーらしきプラスチックの欠片と可愛らしいキャラクターのスマホキーホルダーが発見された。またそらの死因は頭頂部を思いっきり殴られたことによる脳挫傷で、即死だったらしい。死体の傍に大きな石が残っていて、それが凶器だったそうだ。


 放課後になってお兄ちゃんにスマホで呼び出された私は、職員室の隣の応接室でお兄ちゃんと校長先生と一緒に警察の人たちからそんな話を聞かされた。


「つまり、そのキーホルダーの持ち主が犯人ということかね? 犯人が殴った時の勢いで落としたか何かしたキーホルダーを呑み込んだ、とか?」

「いや、そのパターンはあり得ないですね。なぜならそらは即死しているので」

 お兄ちゃんが校長先生の思い付きを否定する。

「じゃあ、犯人が殺した後にキーホルダーを押し込んだのか?」

「いや、それも違うでしょう。所詮木の枝です。死体の胃に押し込もうとしても食道の途中で引っかかるか枝が折れるのが関の山でしょう。食道は決して動いてくれないのですから」

「ということはつまり、最初からキーホルダーを飲み込んでいた、ということか?」

「そういうことになりますね。そして恐らくそれがそらを殺した理由です。犯人は失くしたスマホのキーホルダーを探していたんです。そして何らかのきっかけでそらに行き着き、取り返すために殺した。となれば――」

「となると、スマホを学校に持ち込んでいる人が犯人ということになるな」

「じゃ、じゃあ」そこまで聞くといくら鈍い私の頭でもわかった。「学校にスマホを持ち込める先生の誰かが犯人ってこと?」


 この学校で生徒がスマホを持ち込むことは校則で禁止されているのだ。


「いや、美羽、それは逆なんだ」お兄ちゃんは悲しそうに首を振った。「校則で確かに禁止されているけど、生徒の多くはスマホをこっそり持ち込んでいます。校長先生はご存じないかもしれませんが、それがこの学校の実態です。スマホを携帯しないというのは時代遅れだとみんなわかっているので、そうすることを悪いことだと思っていないのです。でも『悪いことになっている』からみんなこっそりやっているわけです。今回の事件はそれが悪い方向に働いたのだと思います。もし禁止されていない先生のうち誰かが結婚指輪くらいに大事なキーホルダーを失くして、そらがそれを飲み込んだことがわかったら、誰かしらに相談してアドバイスを求めるのが普通ですよね? 飲み込んだ方だって大事になる可能性があるわけですし、最悪病院へ連れて行こうとするはずです。殺すなんて方法を取るはずがありません。先生にはもちろんのこと、チクられるリスクを恐れて誰にも相談できなかったから、自分の手だけで解決するために殺したんです」

「しかし、怒られるのが怖いからと言って、あまりにも倫理観に欠けた……」

「何よりも大人に怒られるのが怖い、そういう子供の純粋な部分を利用して強要しているのが他ならぬ校則じゃありませんか? でもこれで犯人像がはっきりしました。美羽、うさぎの飼育は4年2組の担当だったよな? 昨日の飼育係は誰だった?」


 この学校ではうさぎと鶏を飼っているが、それらの動物の世話を4年生が担当するのが伝統となっている。そしてうさぎと鶏のうち、うさぎの飼育を担当しているのが私のクラスの4年2組だった。


「確か加奈ちゃんだったと思う」

「じゃあ、恐らくその加奈ちゃんというのが犯人です。そらの胃の中にスマホのキーホルダーがあると確信できるのは、そらの近くでスマホを落とした心当たりある子だけです」お兄ちゃんは加奈ちゃんの行動と思考回路に思いを馳せる。「きっとこういうことなのでしょう。加奈ちゃんは飼育係としてそらに餌を与えていた、その時にスマホを落としてしまった。その時にキーホルダーが外れてしまったのです。スマホカバーが欠けたのもその辺りでしょう。しかしスマホを拾った時にはそれに気が付かなかった。キーホルダーにないことに気が付いたのはそらが飲み込んだ後でした。もしかするとうさぎ小屋を出た後に気が付いて放課後に戻ってきたのかもしれません。加奈ちゃんはまず小屋の中を徹底的に探したでしょう。しかし見つからなかった。その時にそらが誤飲したことに思い至って、取り返すために石で殺してしまった。そのあとに木の棒を突っ込んで何とか取り出そうと試行錯誤したのでしょうが、でもどうしようもなくて諦めてしまった。ただそのままそらの死体をうさぎ小屋に放置していると、うさぎの様子を見に来た人にバレてしまう。特に美羽は頻繁に様子を見に来るしね。だから近くの校庭の茂みに死体を隠していたのでしょう。恐らくうさぎ小屋の中を調べると何かしらの物証は出てくると思いますが、まあ本人を問いただすのが早いと思います」


 それから程なくして校長先生に呼び出された加奈ちゃんは、2時間の尋問の末に自分がやったということをようやく認めた。もし加奈ちゃんが犯人だったとして、器物損壊罪に問われることはないのだろうなと思うと、私はとても残念な気持ちになった。死ねばいいのに。


 その日、家に帰ってからお兄ちゃんの胸の中で再びわんわん泣いた。お兄ちゃん以外誰も味方がいない学校の中で、毎日うさぎ小屋で触れ合うそらだけが心の友達だったのだ。でもそらはもう戻ってこない。明日からお兄ちゃんに頼れない時は一人で耐えるしかない。こんなに悲しいことはないだろう。しかも犯人は4年2組の子だ……


「美羽、お前は本当に甘えんぼだな」お兄ちゃんがため息をつきながら、私の前髪を優しく触る。「先生になったんだから、もうちょっとしっかりしてないと。そんなんだから小学生に舐められるんだぞ」

「別にいいもん、あと半年我慢すれば担任じゃなくなるし」


 そうは言いつつも、とっくに崩壊した学級のことを浮かべて絶望的な気分になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スマホを落としただけなのか? クロロニー @mefisutoshow

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ