スマホとガラケー

御剣ひかる

昔はこれをスマホと呼んだんだ

 ブラインドの隙間から夕陽がさす病院の個室で、老人がベッドに腰かけながらてのひらより少し大きい機械を熱心に触っている。

「最近、タッチパネルをうまく操作できなくなってきたなぁ」

 彼のほかに誰もいない部屋に、ぽつりと独り言が漏れる。

 老人のしわの刻まれた指が、何度も機械の画面をトントンとタップするが、どうにも彼の望む動作ができていないようだ。

「えーっと、あの子が入れてくれたアプリは……」

 老眼鏡ごしに画面を睨みつけ、目的のアプリケーションを探し出す。

「おぉ、あったあった」

 老人は嬉しそうに目を輝かせて、アプリケーションのアイコンを人差し指でつついた。

 今度はうまく操作できたようで、画面が切り替わる。


『ユリカさんを呼び出しています』


 画面にはwaitingの文字が点滅している。

 この時間ならユリカちゃんはいるはずだ。

 老人は期待に胸を膨らませた。

 ややあって、画面に通話中のマークが表示されると同時に、女の子がすぅっと老人のそばに現れた。

『おじいちゃん、やっとアプリの使い方に慣れてきたねー』

 ホログラムのユリカは小学生の女の子だ。学校から帰ってきて宿題を済ませた後らしく、ラフな部屋着だ。

「ユリカちゃんが何度も教えてくれたからな。これ以上戸惑ってるわけにはいかないな」

『おじいちゃん、昔はコンピュータ関係の仕事してたんだって?』

「そうだよ。このスマホだってじぃちゃんがいたから今があるんだ」

『もー、これはガラケーだって言ってるでしょー。今スマホっていったらこのアプリ、「スマートホログラム」のことなんだからね。いつまでも昔の呼び方にこだわってたらボケちゃうよー』

 ユリカは子供らしい高い声で笑った。

「昔はこれをスマホといって、その前の携帯電話をガラケーっていってたのになぁ。変わるもんだな」

『またおじいちゃんの昔話がはじまったー』

 茶化しているわりにユリカの表情は楽しそうだ。

「ユリカちゃんが大人になるころには、またパーソナルホンこれの呼び方が変わっているかもな」

 そのころには俺はいないだろうが、と思わず漏れた一言にユリカがとたんに悲しそうな顔になる。

『おじいちゃん、そんなこと言わないでよ。今の入院だって検査入院なんでしょ? 長生きしてよね』

 孫の真剣な顔に、老人の笑いジワが深くなった。

 思わずユリカの頭をなでるように手をあげるが、相手はホログラムだ。老人の手はむなしく空をなでた。

 それでも孫がそばにいるような気がして、彼は嬉しかった。

「もちろん。ひ孫を見るまで生きるぞ」

『そうそう! わたし、イケメンのイクメンと結婚するからねっ』

 そういえば昔にそんな言葉が流行ってたなと老人が笑った。

 なんだかんだ言って、孫は彼の昔語りを楽しんでいるようだ。

『そろそろ切るね。退院したら直接遊びにいくから』

「おぅ。それを励みに頑張るぞ」

『検査入院で何を頑張るのさー。それじゃー、おやすみー』

 通話が切れ、ユリカのホログラムもすぅっと空気に溶けるように消えていった。

 さてさて、数十年後にはどんな呼び名になってるんだろうな。

 老人はパーソナルホンをサイドテーブルに置いた。



(了)

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スマホとガラケー 御剣ひかる @miturugihikaru

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