元勇者パーティの戦士。人生を嘆く。
フォウ
戦士王タフガイの今と昔
「よもや、この余が人間ごとき矮小な存在にしてやられるとは!
褒美に貴様らには予言をくれてやろう!
精々後悔するが良い!」
今、勇者の手で聖剣を心臓へと突き立てられた大魔王が、血を吐きながら怒声混じりの称賛を目前の人間に送る。
世界を呑み込む勢いで侵略した魔物の王は、死に逝くその時も王の矜持を忘れない。
「勇者セイナール。貴様は狂って死ぬ!
戦士タフガイは脱出不可能な牢獄で人生を嘆くだろう。
聖女ミチビーク、貴様は悲惨だ。無数の罵声と礫で痛みと苦しいの中で果てる!
賢者フコーナは娼婦に身を落とすだろう!」
血を吐くような呪いの言葉を投げ掛けながら、その身を徐々に傾ける大魔王。
4人の男女はその大魔王が完全に果てる様をその眼に焼き付ける。
そして、
「この僕が狂うはずないだろうに」
「全くだ。
最強の戦士と言われた俺を閉じ込める牢獄?
見てみたいぜ!」
「魔王と呼ばれてはいましたが、所詮は魔物の王。
最後まで愚かな戯れ言を言っていましたね」
「……」
勇者、戦士に続いて聖女が不安を振り払うように言い返す中で賢者だけが沈黙する。
「どうしたんです?
フコーナ殿?」
「勇者様……。
かの大魔王は何故私達の名前を知っていたのでしょう?
それを思うと不安ではないですか?」
「まさか!
耳聡く僕らが呼び合っているのを聞いていたんですよ!
幾ら魔物の王でも……。
それにフコーナ殿は侯爵家のご令嬢でもあります!
娼婦に貶められるはずなどありません!」
「そ、そうですね……。
考え過ぎでした」
「さあ! 帰ろう!」
それでも不安そうなフコーナを気遣うように、明るく王国への帰還を宣言する勇者セイナール。
それに頷く戦士タフガイと聖女ミチビークもぐんと胸を張って踵を返すのだった。
人類種最大の王国オキナーへ帰還した勇者一行は盛大な祝賀会に参加し、そこで報奨を受け取る。
戦士タフガイは、チッサーナ公国の公女と婚姻して公王に。
聖女ミチビークは、シンセー教会の大神殿に大聖女として迎えられ。
賢者フコーナは、オキナーの侯爵令嬢の1人として、公爵家に嫁ぐ。
そして勇者は、
「じゃあな!
また会おう!
その時には僕は王様になってるよ!
アハハハ!」
「そうだな……」
祝賀会を終えた一行が袂を別つ日。
オキナーの王女と結婚して国王になることが決まったセイナールは、今までにない明るさで戦士達を見送る。
場末の娼婦に媚薬を盛られた知り合いのように、焦点の合わない眼に不安を覚えたタフガイだったが、大魔王討伐に加えて、祝賀会での酒の飲み過ぎだろうと見て見ぬ振りをした。
これが全ての分水嶺だったのだが、平民出身の彼らにはそれに気付くだけの知識がなかったのだ。
ーーーーーー時は流れてーーーーーー
それなりに豪華な中庭で、公王となったタフガイは、シンセー教会大神殿で起きた事件のあらましを綴った2枚の報告書を読み終え、……握り潰した。
「これで勇者パーティも俺1人か……」
寂寥感からの呟きを漏らすタフガイ。
1つ目の報告書には、ミチビークが聖女の地位を笠に着て贅沢三昧をしたことと、大魔王討伐に参加したのは他の女性であり、彼女は功績を奪った偽聖女だったと言う"事実"。そして、裁判の末追放された後怒れる民衆の投げた石に当たって死亡したと神官長の名で記されていた。
対して、2枚目は公国の密偵がもたらした報告書。
そこには、贅沢三昧に明け暮れ、重税を掛ける神殿上層部に注意し続けたミチビークが、濡れ衣の末に神殿の外に誘き出されて、教会に属する暗殺者に石で撲殺されたとあった。
どちらが事実かは分かりきっている話だが、世間では1枚目の内容こそが真実となるのだろうと溜め息を漏らす。
……彼にはどうすることも出来ないから。
タフガイが王侯貴族の裏を知ったのは、フコーナが姦淫罪で奴隷に落とされたと聞いた時だった。
大魔王の"予言"を不安に思った彼は、密偵に頼んで情報収集に励んだ。
城から1歩も出ることを許されない彼に同情した貴族が用意してくれたその密偵は、多くの情報をもたらしたのだった。
きっかけとなったフコーナの件には、強い魔力を持つ彼女の子供を欲したものの、産まれくる子が大して優秀な才能をもたなかった公爵の仕業だった。
フコーナ程の才能を持つ母を持ちながら、凡庸な子ばかりが産まれるのは、父親が無能なせいだと噂が立った。
それを否定するために産まれた子をフコーナが不倫して作った平民の子だと殺し、フコーナに不妊となる毒を盛った後に『奴隷の首輪』を着けて売り払ったのだ。
それを知ったタフガイが密偵に頼んで救い出そうとしたものの、彼女は今の姿を昔の仲間に見せたくないと自殺。
それを聞いたタフガイは、別れ際のセイナールが気になり調査を命じる。
オキナー王国では、セイナール王の元に王女や公爵令嬢など多くの乙女が嫁ぎ、多くの子供が産まれていると聞いていた。
民衆は英雄色を好むと笑い話にしていたが、セイナールの血筋は武器に魔物特効を付与できる特殊な血筋であることを思い出したタフガイは嫌な予感を覚えた。
その事実は当たっていた。
セイナールは後宮に監禁され、常に女性を宛がわれて、子作りをさせられているらしい。
飲み物には常に媚薬が入り、食事は栄養価の高い内蔵を使った肉料理ばかり。
痩せ衰えれば、回復魔法で無理やり復活させられての性交渉の繰り返しだと言う。
更にタフガイを嫌悪させたのは、産まれた娘が年頃になると、実の子でもあるその娘もセイナールに孕ませる。
勇者の血を王家に同化させることを至上として、一切の犠牲を捨て置く姿勢。
王侯貴族の妄執に寒気を感じるものの、タフガイに出来るのは遠くの地から同情することだけだった。
そんなセイナールも数ヶ月前に世を去った。彼の遺骸はミイラと見間違うような姿だったと密偵が語っていた。
そして、残っていたミチビークもこの間命を落とし、遂にタフガイは1人で残されることになった。
視界の先に見える中庭の外壁は、数メートルの高さを見せ付ける。
あの壁程度なら、タフガイの身体能力なら用意に越えられるのだが。
そう思いながら自らの首に触れると、石の硬質な感触が戻ってくる。
特別な魔石で、これを着けたままあの壁に触れると死ぬらしい。
更に門から出ても満月の光を浴びると魔石が弾けると言う。
その破片はタフガイの首を貫通するのに十分な威力があると言われれば、いつかお役御免となって外してもらえることを願いながら、今の軟禁生活に甘んじるしかない。
「衣食住に不自由なく、綺麗なお姫様を娶り、何もしないで怠惰に過ごす。
誰でも1回は憧れる生活だ」
平民だったタフガイも憧れた生活は、いざ強制されるとひたすら退屈に耐える地獄だった。
文学的な教養もないタフガイが書物を読むことはなく、魔物が現れることを願って、ただ1日が過ぎるのを待つ。
強い魔物が近隣に現れれば退治に出向くこともある。
と言うよりもタフガイを縛り付ける要因はそこにあるのだ。
対魔物用の兵器と言うのが、タフガイに与えられた役割であり、それは天寿を迎えるか。老いて魔物に殺されるまで続く。
魔物が現れなければ退屈に殺されそうだが、魔物が全滅すれば自由になれるかもしれないジレンマを抱えながら、溜め息を漏らす大男。
彼を初見で公王と見抜く賢人は未だにいないのだった……。
元勇者パーティの戦士。人生を嘆く。 フォウ @gurandain
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