スマートさの結末

於田縫紀

そして俺は途方に暮れる

 夜2時。何となく目が覚めて、小腹が空いてしまったのでコンビニへ。

 レジで支払いをしようと俺はポケットを探る。あれ?

 無い、無い、スマホが無い。慌てて他のポケットを全て探し、次に鞄を開けて中を探す。やはり無い。


 夜勤の店員が俺に声をかけた。

「どうなされましたか」

 言葉こそ丁寧だがこいつ何をしているんだという目で俺を見ている。


「すみません。スマホを落としてしまったようで」


「現金かカードをお持ちでは無いでしょうか」

「すみません。持ち歩いていないので」

 財布を持ち歩く時代じゃない。全てスマホでスマートに決済だ。


「わかりました。買い物かご内のものはこちらで戻しておきますから」


 店員は俺の買い物かごをそのまま奪う。

 ああ食べたかった特製焼き肉弁当が……そう思ってもどうしようもない。


 それよりスマホだ。スマホを探さないと。何せあれにお財布機能が入っている。今日の晩飯を買う事が出来ない。


 コンビニのイートインスペースでもう一度全身を確認する。

 スーツの左右ポケット、内ポケット左右、ズボン左右ポケット、後ろポケット。無いので持ってきた鞄内も全部見る。やはり無い。何処にも無い。


 何処で落としたのだろう。とりあえずコンビニ内で歩いた場所を確認する。落ちていない。

 ならば家から来た道を確認だ。ゆっくり歩いて道路上を調べる。左右の塀とかの上に置いていないかも勿論確認だ。


 5分で歩くところを10分近く書けて探し歩く。それでも見つからない。


 ひょっとしたら家に忘れてきただろうか。そう思ってアパートの階段をのぼる。


 鍵を開けようとして気づいた。この鍵、スマホでロックするタイプだった。だから当然開かない。


 念の為ノブを回してみたが鍵がかかっている。という事は家を出る時はスマホはあったのだろう。そして鍵を閉めた。それじゃその後は……


 アパートの廊下にも階段にも、階段の下にも俺のスマホは落ちていない。

 仕方ない。もう一度路上を確認すべく歩き出す。


 見つからないまま探し歩く。途中少しルートを外れた場所に交番があることを思いだした。

 そうだ、届け出ておこう。誰かに拾われている可能性もある。


 幸い交番は開いていて中にお回りさんがいた。


「すみません。スマホを落としてしまったのですが」

「わかりました。この遺失届に記入をお願いします」


 早速記載を開始。落とした場所は自宅からスーパーまでの間。時間は……交番の時計を見て午後8時30分から午後9時30分までの間と記載。スマホの特徴も記載した。あと残った項目は……あっ。


「この個人認証番号、スマホに入っていて憶えていないんですけれど」

「なら免許証等の写真付きの身分証明書はありますか?」

「スマホに統合してしまっています」


「それじゃ何か本人であるという事を証明できるものはないですか」

 お巡りさんの口調は変わらないが表情が厳しくなる。

 

「すみません。免許証も健康保険証も社員証も、実家の電話番号なんかも全部スマホに入っています。住所や名前なんかの記載だけでは受付てくれないんですか」


「受付は出来ます。それは大丈夫です」

 俺は少しだけ安心する。


「だが見つかって取りに来る際は身分証明書が必要になります。連絡が行った時には必ず持ってきて下さい」


 えっ、そう思って気づく。

 俺が遺失届に書いたのはアパートの住所。だがスマホが無い今、中には入れない。

 更に言うと連絡先電話番号はスマホの番号。メールアドレスも書いたがこれもやっぱりスマホ受信だ。


「あの……連絡先も、家の鍵もスマホに登録なのですが……」

 お巡りさんは首を横に振る。


「残念だがその辺は職務外です。本官はどうする事も出来ません。ただ遺失届の受理はしましたし、届け出の受理番号は発行します。N52533843です。

 もし自分であるという証明が必要なら警察では無く市役所等の業務になります。だから市役所に今までの経緯を話して処理して貰うよう頼むしかないでしょう。そうでなければ遺失スマホの再発行という手段もあります。これだと携帯電話会社になりますが契約先は何処ですか?」


 お巡りさん自身は割と親切だ。だが出来る事はここまでらしい。

 それでも受理番号と相談先をメモとして書いて渡してくれた。ありがたく受け取って、そして俺は歩き出す。


 スマホ会社はネットで受付しクレジットカードで支払うタイプだ。だから再発行するにもスマホが必要になる。だから解決の糸口にならない。だからまずはスマホを探して、無ければお巡りさんが言ったとおり市役所に行くしかないだろう。


 勿論今の時間、市役所の窓口は開いていない。スマホで様々な手続きが出来るようになった今、窓口営業時間は以前より短くなった。確か窓口は朝10時からだ。


 でもそれだと会社に連絡しなければならない。明日は遅れると。そう思って気づく。会社の連絡先もスマホに入っていた事に。それどころか定期券だってスマホ登録だ。つまり会社に連絡する事も出来ないと。無断欠勤決定だ。これは給料、そして今後の昇進に響くだろうか。考えるだけでも恐ろしい。


 それと、明日まで何処で過ごそうかという事もある。アパートの鍵は開かない。2階なので窓を壊してなんて手段もとれない。大家さんは遠方だし管理している不動産会社は衛業時間外。


 財布代わりのスマホが無いので漫画喫茶とかファーストフード店なんてのも使えない。何処で時間を過ごせばいいのだろう。


 行き場を思いつかないまま家とコンビニの間を3往復し、疲れて結局地下高の児童公園のベンチに落ち着く。寒いので運良く鞄に入っていた新聞紙を背広の内側に着込む。まるでホームレスだと自嘲しつつ。


 暇なので時間つぶしにとポケットを探って気づく。スマホが無いからネットも見ることが出来ないしゲームも出来ない。


 仕方ない。ここで座ったまま寝るとしよう。全ては明日、市役所が開いてからだ。


 まさか市役所でもスマホが無いと本人証明が出来ないなんて事は無いよな。そんな事を思いながら俺は目を閉じる。


 吹き抜ける北風が身に沁みる。空はまだまだ暗い。朝はまだまだ遠そうだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スマートさの結末 於田縫紀 @otanuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ