第4話

 そうだ、マスクなんてどれも似たような物だ。白い不織布だ。


 今、橘さんの机の上にあるマスクも、この、僕が今着けているマスクも。


 僕のマスクと橘さんのマスクを入れ替えるなんて変態みたいな真似はしない。僕は変態ではないと繰り返しているのをお忘れか。僕は同じマスクを予備に持って来ているから、予備のマスクと入れ替えよう。


 午前中使っていたマスクにしては綺麗で違和感があるかもしれないが、新品ならば文句もあるまい。


 橘さんの様子は?


 1組の教室の前で泉くんが仲野なかの行村ゆきむらを蹴っている。その現場に渡さんと共にいる。


「ほらーごめんなさいはー? 悪いことしたらきちんと謝らないとー。それが常識ってもんよー?」


「人を蹴り飛ばしてる奴が常識言うなよ!」


「やれー、泉ー」


「けしかけちゃダメでしょ!」


 あいつらか。どうせまたカツアゲでもしたんだろう。あいつらはこの僕からも何度か小銭を巻き上げたりパンやジュースを買って来させて金を払わない。お前達なんて、蹴りの制裁を受けるがいい。僕に代わって泉くんがお仕置だ。


 泉くんは相手が謝るまで蹴るのを止めない。相手が複数人だろうと逃さないフットワークと鬼のような心を兼ね備えている。


 1年の時、見た目はギャルだが生真面目な橘さんが食後に歯を磨くその歯ブラシを、体育の授業を風邪気味で休んだ僕がひとりきりの教室で手に持っていたのを泉くんに見られた時に僕もあの蹴りを受けた。


 だが、僕は変態でもなければ馬鹿でもない。すぐに土下座して謝ったので被害は最小限で済んだ。


 あの仲野と行村は僕のようにそうそう素直に謝るとは思えない。馬鹿な奴らだ。土下座なんて安いものなのに、あの蹴りを受け続けるなんて。ちっぽけなプライドにこだわりそうなあいつらなら、まだ十分時間はありそうだな。


 2組の自分の席に戻り、カバンから新しいマスクを取り出す。


 ああ、このマスクが橘さんの鼻から口にかけて覆うのか……マスクに頬ずりしておこう。よし、これは僕の分身だ。


 さて、橘さんの席の周りには今なら誰もいない。この2年3組の教室の中には前のドアの辺りに女子生徒がひとりと、窓際辺りには前の方にカップルでお弁当を食べる男女がいるだけだ。


 泉くんが暴れているという一報のおかげで随分と教室から人がいなくなった。ふ、ありがとう泉くん。仕事がしやすくなったよ。


 この状況で失敗はない。もうあのマスクは、我が手中に収まったようなもの!

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