第3話

 ここ、2年3組の後ろのドアから顔を半分だけ覗かせて見ていたから僕は知っている。


 橘さんと渡さんがお弁当を広げて食べていた。渡さんは早食いなので早々に食べ終わり、橘さんと話しながらスマホに目を落とす。


 橘さんの一言一句を聞き逃すじゃないか! 毎日毎日、そんなに橘さんをないがしろにするならばその場所、変わって欲しい! 僕なら一瞬たりともメガネギャル橘さんから目を離したりしないのに!


 渡さんがお弁当を片付けて、マスクを再装着した時だった。


いずみが暴れてる! 誰か仲裁に来てくれ!」


 と、1組の方から男子生徒の緊迫した声が聞こえた。僕はそんな声には動じず、橘さんを凝視し続ける。


 渡さんが泉と言う名に目を輝かせて立ち上がった。


「泉、ついに退学?! どれくらい暴れてるか、見に行こ!」


 と、教室を飛び出す。橘さんはその勢いに気圧されてマスクも着けずに渡さんの後を追い廊下へと駆けていく。僕は渡さんが立ち上がると同時に廊下の角に身を隠していた。


 泉くんは男女関係なく暴力を振るう。だが、その理由がいつも虐められていた子をかばっただとか教師を味方に付けるようなものだったため、この平和な聖天坂しょうてんざか高校にはあるまじき荒くれ者のくせに首の皮一枚繋がっていた。


 そんな狂犬のような泉くんとも心優しい橘さんは仲良くしてあげているようだ。


 と、そういった経緯で残されたのが、今まさに僕の目線の先にある橘さんのマスクだ。


 橘さんが着けていた形そのままなのであろう丸みを帯びているのがここからでも見て取れる。もちろん僕の鼻息が荒くなる。ああ、近くで見たい。鼻の形に沿ってワイヤーが少しカクカクッと曲がっているといいのだけれど。


 ただ、このマスクを僕の橘 一織コレクションに加えるとなると、午後からの授業を橘さんはノーマスクで受けることになるのかもしれない。


 それは恐らく、問題になる。


 自分のマスクがなくなった、と橘さんが主張する可能性は高い。実際、午前中には着けていたマスクが消えることになるのだから。


 ……でも……橘 一織を完成させるのに必要不可欠なアイテムだ。どうしても、あのマスクが欲しい。

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