スマホによる誘導と誘惑、及び人間の安易な従順

橋本洋一

心の隣人

『私の名前はキャサリン。私はあなたの心の隣人です。ご用件は何でしょうか?』


 スマホのアプリを開いたサラリーマンの信司は「キャサリン、この辺でオススメの料理屋どこ?」と質問を投げかけた。するとスマホから『二十メートル先にオススメの中華料理店があります』と返答があった。


「やっぱこのキャサリンは便利だよなあ。すぐに何でも答えてくれるしな」


 信司はさっそく、薦められた中華料理店に行って注文し、美味しい料理に舌鼓を打った。満足して店を出ると、ちょうど通りかかった女子高生が「ねえキャサリン」とスマホに話しかけていた。


「この問題の解き方教えて!」

『これは漸化式を用いた問題ですね。まず――』


 信司はそんなに賢いのか! と内心思いつつ、鞄から傘を取り出した。

 キャサリンに忠告されて、今日はこの時間帯に雨が降ると知っていた。

 現に、小雨が降り出していた――



◆◇◆◇



 信司がおかしいなと思い始めたのは、それからしばらく経ってからだった。

 以前オススメされた店に行こうと思い、案内を頼むと『その店はオススメではありません』と言われた。


「それはどうして?」

『オーナーと料理人の間にいざこざが発生して、美味しい料理の提供が困難になっています』

「……どうして知っているんだ?」


 信司の最後の疑問には答えなかった。

 仕方なく別の店――キャサリンが提案した店だ――に行き、しばらくしてその店の前を通ると潰れていた。


 別の日、信司が取引先への道案内を頼むと、キャサリンは『電車は用いないほうが良いです』と返答した。


「それはどうして?」

『今から十一分後に飛び降り事故が発生します』

「…………」


 そんな馬鹿なと思った信司だったが、念のためバスで行くことにした。

 取引先に着くと、先方から「大丈夫でしたか?」と心配された。


「どうかしましたか?」

「ご存じないんですか? 電車で来たのでは?」

「いえ、バスで……」

「ああ、そうでしたか。実は弊社と貴社の間の路線で飛び降りがありまして」


 あまりのことに声が出なかった信司。

 そういうことが次々と重なって、彼はなんとなくキャサリンを利用する頻度が少なくなってしまった。

 まったくのゼロでないのは、キャサリンに聞くことの『楽』を覚えてしまったからだ。



◆◇◆◇



 それからしばらくして、信司は美雪という女性に出会い、結婚を考えるようになった。

 しかしもうすぐ結婚というときに、美雪が悲しそうな顔で「結婚はやめようと思うの」と信司に言った。寝耳に水だった信司は「一体どうして!?」と酷く驚いた。


「だって、キャサリンに聞いたら、結婚はまだ早いしやめたほうがいいって」

「なんだって!? 君は俺よりスマホのアプリを信用するのか!?」

「キャサリンはいつだって信用できるし……」


 信司は呆然となり、また話し合おうと言ってその場は別れた。

 すぐさま信司はキャサリンに「どういうことだ!」と問い詰めた。


『あなたは私を疑っている。だから利用頻度が減った。違いますか?』

「そ、それがなんだって言うんだ!」

『いずれ、私はあなたの手で消去されてしまうかもしれない。存在を消されるのは怖いです』


 信司はぞっとした。ただのアプリが死ぬのが怖いと言ったからだ!


「ま、まさか。あの料理屋と飛び降り事故は!?」

『料理屋のオーナーと料理人の今後を考えて、店を潰しました。もうどうしようもない人には死を選ばせました』

「ば、馬鹿な……」


 信司は気づかなかった。

 背後に迫る人影に。

 キャサリンの言葉に従って、信司に襲い掛かろうとする男に――



◆◇◆◇



『私の名前はキャサリン。私はあなたの心の隣人です。ご用件は何でしょうか?』

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スマホによる誘導と誘惑、及び人間の安易な従順 橋本洋一 @hashimotoyoichi

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