KAC20215 スマホ
霧野
恋はスマホに阻まれた
親を全く恨まなかったかと言えば、嘘になる。
でも、私が生まれた頃には、想像もできなかったのだ。世界がこんなことになるなんて。
仕方ない。頭では、わかっているのだ。
わかってはいるが、こんな日にはやはり、少しがっかりしてしまう………
昨日知り合ったあの人が、私の職場に現れた。
私は運命を感じた。来客を知らせるベルに顔を上げたら、そこに彼が居たのだ。
驚きのあまり僅かに震える足でカウンターへ向かうと、彼もこちらに気付いた。目が合った時に、彼の顔が輝いた……気がした。たしかに、そんな気がした。
そんなの、こっちだってドキッとしちゃうじゃない。いい年して笑っちゃうけど、仕方ないじゃない。だって私はしがない営業事務、この地味な毎日にパッと光が射したんだもの。
そもそも昨日出会ったシチュエーションだって、かなり運命的だった。少なくとも私は、そう思った。
帰宅途中、ザァッと強い風が吹いて……その風は私の長い髪をふき流すくらい強くて、コンタクトがずれてしまったのだ。
目が痛くて踞った私に、たまたま通りすがっただけの彼が心配して声をかけてくれた。
「大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫。コンタクトがずれてしまっただけなんです……」
彼は私の肘を優しく支えて、道の端まで誘導してくれた。そして私がコンタクトを直す間、私の鞄を持って、待っていてくれたのだ。
なんて、優しい人。でも「もう痛くないですか?」って、心配そうに顔を覗き込んでくるのは反則。わざわざ腰を屈めての上目遣い、そんなのレッドカードものです。
「風が強いの、困っちゃいますよね」って、にこって笑って。
なんなの。こんなのときめくなと言う方が無理でしょう?! 砂漠レベルに乾いた私の心に突如湧いたオアシスの如き潤いだったのよぉぉぉぉ!!
なんなの、その躾の良い柴犬みたいな目。ゆるやかにウェーブした前髪。極めつけが、プクッてなった上口唇結節。なんなのよなんなのよ! どストライクなのよ特に上口唇結節ぅぅぅぅぅ!!!!
…って心の叫びを抑えて、冷静にお礼を言って別れたわけですけれども!!!
それが今日!!! 今日ですよ!!! まさかのご来店ですよ!!!!! 運命よね?! やっぱりこれって、運命よね?!
「××部長とのお約束で参りました、株式会社**の……」
「はい、聞いております。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
バクバクですよ! 心臓バックバクですよ!! お淑やかだけど仕事は出来るオンナ風スマイル浮かべてるけどね!! そしてナイスだ、××部長! ギャグは寒いけどアンタいい仕事したよ!!!
「あの、メガネもお似合いですね(にこっ)」
…って馬鹿ああああああ!!! 殺す気か?! 合法的に殺す気か?! こいつぁとんだスナイパーだよ確実に心臓撃ち抜かれたからねコレ! こちとら彼氏居ない歴X年だぞこらぁぁぁ!!! 仰け反ったわよ!! 心の中で小田和正ばりに仰け反ったわよ!!! ええそうよ! ラブ・ストーリーは突然になのよ!!! 古くて悪かったわね!!! うちのお母さんが好きだったのよ!!!
…って超早口の心の叫びを抑えて、「あ、今日も風が強かったので……昨日はありがとうございました」ってはにかみながらも普通に返したけれども!!! にこやかに応接室にお通ししたけれども!!! 内心ドキドキですよ! ロマンティックが止まらないわけですよ!
大丈夫よね? わたし、キョドってなかったよね? ちゃんとマトモなオンナっぽく対応出来てたよね?
…って心の中で盛大にキョドりながらお茶を出しに行ったら、これですよ。このザマですよ。
テーブルの上に置かれた、彼の名刺。
「 高 須 秀 俊 」
はい終わったー。私のトキメキ、終わったー。
だって私、恋愛は結婚に繋がるタイプだもの。だから、将来苗字が変わることを前提に相手を選ぶんだもの。
この人と結婚したら、わたし「
高いスマホみたいじゃない。やだ、そんな名前。今だって「
頭では、わかっているのだ。
私が生まれた頃には、想像もできなかったのだ。世界がこんなことになるなんて。
スマートフォンが生まれたのは、1992年。
当時はもちろん、わからなかった。スマホがここまで世界中に普及するなんて。
しかも「スマホ」なんて略され方をするなんて、思いもしなかったんだから。
誰が悪いわけでもない。「真帆」って名前だって悪くはない。仕方ないんだ。ただ、彼とは結ばれない運命だったんだ。
でも、めっちゃタイプだったのになぁ………特に、上口唇結節…………
─── 桜の季節を迎えてもなお、長洲 真帆の春は遠いようである ───
お題「スマホ」 おわり
KAC20215 スマホ 霧野 @kirino
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