好きな人とデートをしたら【KAC20214】

いとうみこと

かすかな違和感

 私たちは大学のサークルで出会い、卒業と同時に築二十年の少し古びたマンションで同棲を始めた。もちろんお互いが好きだったからだけど、家賃は節約できるし、会いに行く手間も省けるしといいことづくめで、最初は凄くうまくいっていたと思う。

 ところが、一年も経つと些細なことでのケンカが増え、一緒の暮らしを後悔する場面が出てきた。だからといって嫌いになったわけでもなく、三年目を迎えるにあたり、私たちは真剣に打開策を話し合った。


 まず、寝室とリビングに分けていた部屋を、それぞれの個室に模様替えした。どんなにお互いを大切に思っていても、ひとりの時間が必要だと気づいたから。

 曖昧だったお金の管理も、家のやりくりは同額ずつ出した通帳の中からすることで決着した。

 もうひとつ、すっかりマンネリに陥っていた関係を一新すべく、月に一度はちゃんとしたデートをすることに決めた。日用品の買い物ついでじゃない外食、TシャツとGパンじゃない遊園地。恋にトキメキは必須だもの。だからデートのプラニングはひと月ごとの交代制で、当日発表のサプライズとした。この取り組みはかなり効果的で、私たちは付き合いはじめの頃のような新鮮な気持ちを取り戻しつつあった。


「じゃあ、サキが勝ったら恋愛もので、俺が勝ったらホラーかサスペンスね」

 今日はミチタカのプランの日だ。彼は映画が好きで、デートには必ず映画鑑賞が含まれる。春の風がミントグリーンのスカートを揺らすテラス席には、夜の帳が下り始めていた。

「えーっ、そんなサプライズいらないよ。私がその手の映画苦手なの知ってるでしょ?」

「いいからたまには付き合えよ。お薦めのがあるからさ」

 生き生きと話すミチタカ。好きなものを語る時のミチタカは少年のようだ。

「まっ、勝てばいいんだもんね、勝てば」


 三連勝した方が勝ちという、これまたイベント的なじゃんけんにもかかわらず、私の三連敗であっけなく勝負はついた。まあ、それもまた楽しくて、私たちは肩をぶつけ合いながら映画館までの道を歩いた。

 さすがにホラーは勘弁してもらって、既に観たというミチタカ絶賛のサスペンス映画を選んだ。人の魂が入れ替わる話とのことだけど、そんなのよくある展開だし、そもそも、一度観た映画をもう一度観る人の気がしれない。別の階では私が見たかった恋愛ものをやっている。あれなら久しぶりにいい雰囲気になれただろうにと少し残念に思いつつ、館内へ入った。


 最初は乗り気じゃなかったけれど、映画通の彼が薦めるだけあって、その映画はかなり面白かった。隣にいるミチタカも、そんな私の反応に気を良くしているようだった。

 そんな中、終盤に向けてどんどんと盛り上がり、手に汗握る展開のクライマックスで、珍しくミチタカがトイレに立った。飲食厳禁で前のめりになって観るいつものミチタカからは考えられない行動だった。しかも、彼が戻ってきたのは、エンドロールが流れ始めて館内が明るくなってからだった。


「珍しいね、トイレに行くなんて」

「ちょっとお腹が冷えちゃってさ」

 ミチタカはお腹の辺りをぐるぐるとさすった。

「大丈夫? それに最後観なくて良かったの?」

「大丈夫。最後はちゃんと後ろから観てたよ。あそこで席に戻ると他のお客さんの興を削ぐかなと思ってね」

「そっか。ミチタカらしいね」

「どう? 面白かったでしょ?」

「うん。怖い場面もそんなになかったし、ストーリー展開が凄くて引き込まれた」

「でしょ? 僕の目に狂いはないのさ」

「何それ、ツウぶっちゃって」


 私たちは映画の興奮醒めやらぬまますっかり暗くなった外へ出た。夜はさすがにまだ冷える。

 不意にミチタカが私の肩を抱き寄せおでこにキスをした。その顔はいたずらっ子のようで、私は不覚にも顔が赤らんだ。

「サキちゃんは可愛いな」

 ケラケラと笑うミチタカの腕を振り払っても、高鳴る鼓動はなかなかおさまらなかった。

「サーキちゃん。手を繋ごうよ〜」

 ミチタカは強引に私の右手を掴むと、そのまま彼のポケットにねじ込んだ。

 恋人繋ぎって、十代のカップルみたい。

 まだ少し照れくさい気持ちを残したまま、私は楽しそうなミチタカの横顔を見上げた。

 そう言えば、最近では手を繋ぐこともなくなっていた。っていうか、恋人繋ぎってしたことあったっけ?


 ん、ちょっと待って、何この違和感。いつも歩く時はミチタカが左にいるのに今日は何で右側なの?


 私たちは近くの居酒屋で遅い夕飯をとった。ミチタカは終始上機嫌で、いつもよりずっとたくさん注文した。

「お腹大丈夫なの?」

「平気平気。サキちゃんもたくさんお食べ」

 私はここで、さっきからずっと呼び捨てじゃなくてサキちゃんと呼ばれていることに気づいた。

「なんか、ちゃん付けとか恥ずかしい」

「いいのいいの、今日はいいの」


 電車の中でも、降りてからも、ミチタカはいつになくはしゃいでいた。このデートを心底楽しんでいるように見えた。

 マンションに着いて、ドアを閉めるなり、いきなりミチタカが私を抱き寄せ、唇を重ねてきた。

「サキちゃん、好きだよ。ずっと前から君が好きだった」

 ミチタカの腕に更に力が篭もる。その右手が伸びて、ドアチェーンをかけた。

「何? どうしたの? 何か今日のミチタカ変だよ」

「変じゃないよ、変じゃない。僕はサキちゃんが大好きなミチタカだよ」


 そう言うと、ミチタカは私を抱き上げベッドまで運んだ。そして満足そうに私を見下ろすと、再び唇を重ねた。今度はもっと強く、もっと激しく。


 僕?


 次第に荒々しさを増す腕の中で、私は身を固くしていた。なんの根拠もない。なんの根拠もないけれど、私の中の疑念がどんどん膨らんでくる。


「ねえ、あなた、だれ?」

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好きな人とデートをしたら【KAC20214】 いとうみこと @Ito-Mikoto

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