自販機のキミ

瑠輝愛

キミがいた

 セミがうるさい真夏。

 男女共学だけが取り柄の高校に、なんとか滑り込めた。

 コミュ症って自覚してるけど、なんとか男とは話ができる。

 ただ、女子とは話せない。

 小・中と話せた試しがなく、自信をなくしていた。

 頭の中ではいっぱい話しかけている。

 テレパシーがあれば、こんな僕でも楽しく会話して、彼女を作って、エッチなことして、結婚できるのかな。


 コミュ症な僕は、いつもこんなことを考えながら廊下を歩く。

 もうすぐ夏休みだっていうのに、相変わらず堂々と付き合っているカップルをみかける。


 その二人に割り込んで、大声で言ってやる。

「お前ら、我慢しろ。家でやれ」

 そして二人は反省して教室に戻る。


 なーんてことは、もちろん僕の妄想だ。

 現実では何もできやしない。

 目的の自販機にたどり着いた。

 僕は男のくせにコーヒーが大の苦手だ。お腹をこわしてしまう。

 だからフルーツ系の紙パックが、定番になっている。


 硬貨を入れて……。

 しまった。貴重な百円玉をおとしてしまった。

 オーマイガッ!

 神はなぜこんな仕打ちをするのか。いい加減呪うよ?


 コロコロと転がっていく百円玉をなんとか捕まえようと、手をのばす。

 しかし、器用にすり抜けられてしまう。

 だから体育も1なんだよな……。

 もう少しで!

 そう思ったとき、白い壁にあたって停止してくれた。

 この白い壁はどこか不自然だ。

 布にも見えるが。


「ねえ、いつまでパンツ覗いているの? そこまで堂々とみる男子初めてみたわ」

「うわ!?」

「なにそれ。悲鳴あげたいのこっちなんですけど」


 女子のパンツだったのか!

 ここの学校はみんなスカートたくし上げているから、あんな体育座りされたら、そりゃ丸見えにもなる。

 ずっとうつむいているわけにもいかず、なんとか視線をあげた。


 その娘の髪の毛はボサボサで、目は細くて切れ長が濃くでてて、鼻も小さくて唇も小さい。

 全体的に丸顔だった。

 ここまで女子をじっくり見れたのは、もちろん視線が別の方向にいっているからで、目を合わせられていたら、仕方なくパンツを見るしかなかっただろう。

 仕方なく。


 女子はコーヒーパックを唇に当てて飲んだ。

 最後の一口だったらしく、ズズーと音を立ててた。

 ゴミの山になっているゴミ箱にぽいっと捨てると、こちらを一瞥すらせずに立ち上がった。


「百円拾いなよ」

「あ、ごめん」


 百円玉をようやく拾い上げると、女子は言った。

 こちらを見ないおかげで、僕は顔を見ながら受け答えできる。


「あんたさ、パンツ好きなの?」

「う……。そりゃまあ」

「今、たってんの?」

「うっ」


 図星を疲れた僕は、流石に普通に立つ事ができずに、たっているものを隠した。


「あたしなんかで……、ふーん。変態」

「う……」

「さっきから、うめき声しかだしてなくない? 人らしい会話したら?」

「その、あ、あの……」

「もういい。昼休み終わるから帰る」


 こうして、初めての出会いは最悪だった。

 いやいや、待て。

 なにが初めての出会いだ、恥ずかしい。

 今どき、恋愛マンガでもこんなチンケな描写はないぞ。

 あれで終わり。

 こんなコミュ症で変態な男に、二度と関わるわけないだろ。

 パンツ見れただけでも、一生分のこれから先の運すら前払いで使い切ったんだ。

 明日、車にはねられて転生さ。


 ◇ ◇ ◇


 案の定、昼休みに例の自販機に行っても、誰もいなかった。

 そもそもここは人通りから外れた隅っこにある。

 ゴミの山だって、何週間前のやらわからない。

 掃除をみんなサボっているのだ。


「お、新潟やないか」

「先生?」


 関西出身の教師に声をかけられた。専門は保体だ。通称、隠れヤクザ。

 その名のとおり、見た目がめっちゃ怖い。

 でも、気さくなところが多いのも知っているから、僕はあまり怖くなかった。


「ここ、汚いなー。新潟、悪いけど、ここのゴミ放ってきてくれへんか?」

「放るって、ええ、これを焼却炉まで捨てに行けっていうんですか?」

「そや。おまえは大阪弁がわかるさかい、話が早いわ。ジュース代おごるから、やっといてくれへんか」

「……わかりました」

「ほな、前払いや。じゃあ、頼んだで」


 先生は百円玉を二枚もくれた。

 しかたない。

 貴重な昼休みの残りを、美化活動に使いますか。

 なんとかゴミをゴミ袋にまとめた。

 異臭がひどい。

 鼻を曲げながら片付けて、焼却炉に捨てた。


 放課後。

 涼しい風が廊下を通っていた。

 僕はまた自販機に向かった。

 せっかく労働の対価をもらったのだ。使わなければ罰が当たる。


 りんごジュースを選んで、もう一つを選ぼうとしたとき。


「あ、あのときの変態くん」

「あ、ど、ども」


 丸顔の女子だ。

 すこしだけ振り向くと、女子はこちらを見ないで斜め下を見ていた。

 

「あ、ゴミ箱きれいになってる」

「う、うん」

「やっと掃除する気になったのか。サボりの男子ども」

「いや、あの……」


 女子は僕が片付けたなんて知るはずもなく、それ以上その話題は続くことはなかった。

 そして自販機の前で、スカートのポケットに手を入れた。


「あ、しまった」

「はい?」

「財布、ロッカーにしまったままだった。取りに行くの面倒……」


 女子はそういうと、壁によりかかった。

 ずり落ちるように腰を落としてすわった。

 もちろん、パンツが丸見えになっていた。

 シルクのピンク色だと?


「あ、見たなー」

「うっ」

「パンツ代を請求する」

「お、お金、そんなにも、も……」

「コーヒーおごってくれたら、それでチャラにしてあげる」

「うん」


 ちょうどもう一つ買えるし、二本目を迷っていたところだったからいいか。

 それで許してもらえるなら、安すぎる。

 僕はコーヒーの好みを聞くため、自販機を指差した。

 言われたとおりカフェオレを押して、出てきた紙パックを女子に渡した。


「ありがと」

「ん!?」

「どうかした?」


 女子からありがとうなんて言われたことがない。

 相変わらずそっぽを向いているが、こんな彼女でも天使に見えてきた。

 その後のことは舞い上がっていて、全然覚えていない。


 そのことがきっかけで、放課後に二人で集まるようになった。

 どういうわけか、必ずパンツが見えるように座ってくれる。

 しかも毎日柄が違う。

 今回は、赤の縞パンを履いていた。


「新潟、今日は楽しかった?」

「とくに変わらないかな」


 コミュ症だったけれど、この女子、新楽にいらとならなんとかどもらなくなっていた。


「今は?」

「え!?」

「冗談よ」


 たまにドキッとすることを聞いてくる。

 でも、相変わらずうつむきがちで、目を合わせて離さない。

 それはこちらも同じなのだが。

 そういえば、ボサボサだった髪が綺麗にまとまってて、前髪のところにクリップを付けている。

 こんなの今までつけてたっけ?

 訝しんでいたとき、新楽が不意にこちらを向いて目があった。

 

 時が止まった。


 そよ風が新楽の前髪を揺らして、切れ長の目がとても綺麗にみえた。

 何分、何時間、わからない。

 お互い何もいわず、まばたきもせず、じっとただ見つめ合った。

 

 そして新楽がまばたきをしたとき、唇につい視線が移った。

 つややかで、女の子らしい唇に、世界が吸い込まれていった。


「ちょ、近い!」

「え? あ!?」


 いつのまにか、僕は新楽に顔を近づけてしまっていた。

 もうあとすこし踏み込んだら、キスしてしまうくらいに。


「まだ、早いよ」

「ごめん!」


 慌てて離れた。

 でも待てよ?

 まだ早いってどういう意味だ?

 

 それを聞こうとしたとき、新楽は立ち上がっていた。

 お尻が丸見えで僕は釘付けになってしまった。


「バカ」

「え?」


 新楽は振り返らずに走って行ってしまった。

 もしもあのとき、新楽の手を抑えてキスをしていたらどうなっていたんだろう?

 でも、そもそも向こうが僕を好きがどうかさえわからないじゃないか。

 それに、僕は新楽のことが好きなのかもわからないじゃないか。

 好きって、いったいどういうことなんだろう。


 ◇ ◇ ◇


 その日を境に、自販機に集まることはなくなった。

 僕は避けていなかった、と思う。

 もしかしたら、新楽も避けていなかったのかもしれない。

 でも、会うことはなくなってしまった。


 昼休み、コンビニのハンバーガーで済ませた僕は、自販機に向かった。

 やっぱり遠くてもここに来てしまう。

 明日で終業式、そして夏休み。

 結局何も変わらないなと思いながら、オレンジジュースを買った。


「新潟やないか、飯か」

「いえ、もう済ませました」


 通称隠れヤクザこと、保体の先生が声をかけてきた。


「しっかし、ここキレイになったなー。おまえが掃除してくれてるのか」

「いえ。あの時だけですけど」

「そうか? おまえ、一組の新楽と仲ええそうやないか」

「え、まあ」


 変な噂でも立てられたのか?

 すこし勘ぐってしまったが、先生から意外な一言が飛び出した。


「あいつにとうとう、友達ができたと思ってな。安心してたんや」

「え?」

「新楽はな、入学してからずっとひとりやったんや。誰にも話しかけられず、弁当もぼっち。女の先生にもなんとかしてやれないか、頼んだんやけどみんな忙しい言うてな。ほら、わしはこんなナリやしな。あははは」

「あははは……」

「このままふさぎ込んだらしまいや、そう思っとったら。先生から新楽に友達できたそうやでって。わしゃ嬉しくてな」


 そういえば、一組の担任はこの先生だった。

 つまり、新楽の担任ということになる。

 先生は話を結んだ。


「これからも、新楽のことよろしく頼むな。長話してしまってすまんかったの」

「いえ」


 僕は全然あいつのことを知らなかった。

 同じコミュ症だったなんて。

 でもどうして、僕にはそんな素振りみせずに話しかけてきたんだ?

 わからないけれど、なんだこの今湧き上がってくるこの気持は。

 居ても立ってもいられない、そわそわする気持ちは?


 僕は太ももを何度も叩いた。

 動かない脚を、意気地なしの脚を何度も叩いた。


「うおぉぉぉぉ!」


 僕は雄叫びを上げて、一組の教室に入った。

 みんな、別のクラスのやつが息を荒げてきたを訝しんでいる。

 恥ずかしい、逃げ出したい、だけど!


 僕は、この教室の隅でうつむいている彼女に用があるんだ!


「新楽」


 呼ばれた彼女はゆっくりと僕を見てくれた。

 そして僕は、手を差し伸べた。


「コーヒーおごりにきた」

 新楽はすぐに視線を外して「もう昼休み終わる」

「いいから!」


 僕は強引に新楽を引っ張って自販機に連れ去った。

 きっと学校中で噂になる。

 ああ、恥ずかしい。まじで穴作って転生したいくらいだ。

 でも、新楽の手を僕は離さなかった。


 自販機前に到着した。

 手を握ったまま、コーヒーを買ってあげた。


「ほら」

「一体何なのよ、わけわかんないよ」

「僕だって、この気持ち、わけわかんないよ。だけど! こうしなきゃ一生ダメになるって思った。新楽のこと頭に浮かべて、一生懸命勇気だした」

「なにそれ。まさかパンツ思い浮かべたの。もう、サイテー」

「新楽、友達になってよ。僕の初めての」

「イヤっていったら?」

「新楽のこと、褒める練習してたの諦める」

「それもイヤ」


 新楽が吹き出して、破顔した。

 僕も釣られてお腹のそこから笑った。

 女の子と笑うことが、こんなにも楽しいだなんて知らなかった。

 そして、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴ってきた。


 ◇ ◇ ◇


 夏休みになった。

 外は相変わらず暑い。

 終業式はとにかく騒がれたけれど、すごく恥ずかしかったけれど、後悔よりマシだと思った。


 僕はコーヒー缶を自販機で買った。

 相変わらずコーヒーは苦手だから、飲むは僕じゃない。


「はい、新楽」

「ありがとう、新潟」


 麦わら帽子にワンピース姿の新楽は、嬉しそうに笑ってくれた。

 今はこんな関係でいいと思う。

 これから恋人になるかもしれないし、お互いに別の恋が生まれるかもしれない。

 だけど今は、新楽の最初の友だちでいようと思う。

 あの入道雲のように、どこまでも続く関係になれたらいいな。

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自販機のキミ 瑠輝愛 @rikia_1974

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