第10話 僕と死告獣の本
今日も書庫で本を読んでいると奥に隠されるように置かれている本を見つけた。
他の本と違って結構古く、でも丁寧に保護されていたみたいで傷んだ様子は全くない。
「……
ドクンと心臓が強く脈打った。
死告獣については僕もよく知っている。
本を書いた人を見てみると聞いたことのない名前。
でも師匠がこの本を書庫に置いているという事は、デタラメな内容じゃない。
何となく緊張しながら本の中を読んでみると僕や一般的に知られている生態とは全く違う、逆の事が書かれていた。
「おっ、その本見つけたのか。懐かしいな」
後ろから師匠が現れてヒョイと本を取り上げ、ペラペラとページを捲った。
「師匠……この本に書かれている事は本当ですか?」
「んあ? ああ、そうだよ。タイミングとか色々運が悪くて災いを招くって誤解されちゃってるけどな。ナマズと一緒だよ。ほら、ナマズは地震を予知して暴れているだけで地震を起こす為に暴れちゃいないだろ、それと一緒」
「言われてみれば確かに……」
僕の村は死告獣が土石流を起こしたからとずっと思ってた。
でも以前に師匠が言っていたように考え方を変えて、この本の通りだと考えたら……あの死告獣が現れたから土石流が起きたんじゃなくて、土石流が起きるのを察知したから死告獣は知らせる為に村の近くに現れたんだ。
「師匠……この事ちゃんと広めるべきですよ。何で本になっているのに誰も知らないんですか?」
「国お抱えの偉ーい研究者が間違った方を発表したから。お偉いさん方は年取って頭が固くなっても現場を引かないからな、間違いを認める事は絶対しない。プライドと権威を守る為に事実を曲げてでも自分の正しさを証明するから皆完全にそっちを信じちゃってんだよ」
「そんな……」
「それに結構昔から信じられている間違った常識だから、今更訂正されても周りは信じるのも難しい話だろうな」
「でも死告獣は悪くないのに……」
今だって死告獣は死者を出さない為にと見つけ次第殺されているし、僕だってずっとそう信じていた。
「そんな心配せずとも死告獣はもうほとんどいないし、絶滅しちまえばそんな理不尽もなくなるだろ」
「それ解決になっていません!」
なははと軽快に笑っているけど、流石に不謹慎すぎる。
何とかして死告獣の誤解を解いて認識を改めないと。
「そうだ、この本! この本を書いた人なら死告獣について正しい知識がありますし、この人に手伝ってもらえば……」
「殺されたよ」
「え」
「国のお偉いさんに逆らったから反逆罪で捕まってそのまま処刑された」
さっきまで笑っていた師匠の顔が今は懐かしむように本の表紙を撫でている。
もしかして、知り合いか仲良しだった?
「死んだら変化も解けるからな。そのせいで死告獣は人間を騙そうとしたと勘違いされて、より間違った生態が正しいと信じられる原因になったとも言える。……もう死告獣はこのまま何もせず静かに絶滅するのを待つだけなんだよ」
「え……変化? 師匠?」
「……この本は俺達死告獣が生き延びる為の最後の手段として書かれた本なんだ。今はもうただの形見になったけどな」
「俺、達……?」
「このまま人として生きていけるか試していたが、やっぱ無理だな。限界だ」
そう言って師匠が本を置くと同時に姿が変わった。
狼よりも大きな身体に闇のような黒い毛皮に金色の目。
「師匠……その姿、もしかして……」
「うん、俺は死告獣なんだよ」
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