第11話 師匠と死告獣

 死告獣しこくじゅうという魔物がいた。


 災害などの危険を察知すると遠吠えをする習性を持つ魔物。

 しかしその習性から人間達からは災害を招くと勘違いされ、姿を見かけては狩られていきどんどん数を減らしていった。


 アンドルフが気づいた時には仲間のほとんどがいなくなっており、残ったのは十頭のみ。


 死告獣達は生き残る為に人から離れた地で暮らそうと決めるも既に誤解は広まりきっており、死告獣を狩る為に山奥まで入って来る専門の冒険者まで現れもはや安住の地は何処にもなかった。


「姿を変える魔法を見つけた」


 そんなある日、アンドルフの仲間が変化について書かれた魔法の本を見つけた。


「私達が追われているのはどうやら私達の誤った生態を書かれた本が広まっているからだ。だから私が正しい生態の本を書いて広める、そうすれば私達は安心して生きていける」


 そう言った死告獣に賛同したのは二頭。

 ほとんどの死告獣は絶滅の運命を受け入れ抵抗を諦めており、アンドルフもその中の一頭だった。


 それでもその三頭は生き残る為に魔法を覚え必死に文字を学び、そして死告獣についての正しい本を書き上げた。


「この本を王都に出せば私達の誤解はすぐ解けるだろう。だが危険が全くないわけではない、王都には私だけで行く」


 そう言って種族の存続をかけた本を手に王都へと出発した死告獣は一週間後に処刑され、死体は街の中心にある木に吊るされた。


 それを知ったアンドルフ達は慌てて王都へ向かうも、本の作成に携わった二頭は人間への怒りが抑えきれず本来の姿のまま街を襲撃してしまい、そのまま殺されてしまった。


 そしてこれが原因で死告獣は人間を騙そうとしたと勘違いされ、間違った生態の方がより正しいと認識されるようになってしまった。


******


「まあそんなわけで、残った仲間の中で俺だけ人間変化の魔法を使えるようになったからこの本を預かって保管する事になったんだよ」


 ……師匠はいつもの軽い口調で全てを話してくれた。


「師匠……あの時僕の村の近くにいたのって、土石流が起きる事を教えに来てくれたんですね……なのに僕は……」

「そんな事あったか? 俺の記憶にはないから魔物違いだな」


 それは嘘だ。


 だってあの時の事は今もはっきり覚えている。

 他の死告獣を見たことないけど、でも僕が見た死告獣は間違いなく師匠だって確信を持って言える。


「死告獣についてはもう分かったな? じゃあ俺は王都に行ってくるから留守番よろしく」


 師匠はそんな事をやっぱり軽く言うけど、師匠にとって王都はそんな気軽に行ける場所じゃない筈。


「……もしかして何か察知したんですか?」

「そんな感じ。ただ流石に離れ過ぎてて何が起こるか分からん。あそこって近くに川も森もないし、魔物の群れが来るとか川が氾濫する危険はないから俺がちょっと行って確認してくる」

「いやいやいや、ダメですよ。王都ってその死告獣の間違った常識を広めた人がいた場所じゃないですか。それに……師匠殺されますよ、絶対ダメです」

「つってもなあ、俺のコレは本能だから逆らえないんだよ」

「それでも死ぬと分かっていて行かせる事は出来ません」

「行かなくても俺は死ぬよ」

「え?」


 聞き返そうとしたら師匠は僕の頭に手を置いた。決して強くはないのに、何故か顔を上げることが出来ない。


「言ったろ、危険を察知するのは俺達種族の本能だ。吠えずにはいられない。それに種としての本能を捨てた生物は生きていると言えるか? 少なくとも俺はそうは思わないね。この本能を捨てたら俺は俺じゃなくなる、王都に行かなくても死ぬんだよ」

「そんな……なら、人の姿で知らせれば。村を助けた時みたいに」

「うん、他の事で紛らわせるか試してみたけどダメだった。吠えたい衝動を抑えてひたすら穴掘りに専念しても体調崩したし」


 あれはただ寝ているだけじゃなかったんだ……なのに僕は……。


「でも、師匠が死ぬのを分かっていて黙って見送るなんて僕には出来ません」

「言ったろ、何もせずここに留まっていても俺は死ぬ」

「師匠……」

「死告獣の誤解を解くのは諦めているけど、生きるのを諦めたわけじゃないんだよ。だから俺は王都へ行く」

「……だったら! 僕がその誤解を解いてみせます! そうしたら師匠は安心して生きていけますよね! だから! だから……王都へ行かないでください……生きて、もっと僕に沢山教えてください……」

「……お前は優しいな。そうだな、まだ教えていない事もあったな……」

「師匠……それじゃあ……!」

「うん、とりあえず今は寝たらいい」


 師匠は置いていた手で頭を優しく撫でてくれて、安心したらもの凄く眠くなってきて……そのまま僕は眠ってしまって、朝になって起きた時には師匠は何処にもいなかった。

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