第3話 師匠と本

「はーー」


 部屋の掃除を終えて、今日はもう晩ご飯までやる事がないから師匠に言われた通り書庫に来てみたら……思った以上に本がたくさんあった。


 部屋の壁全部が本棚になっていて、どの棚にもぎっちり本が入っている。

 しかも天井の高さまであってそこにも入れてあるからアレどうやって取るんだろう、というかどうやって入れたんだろう。


「っと、まずは魔法に関する本を見つけないと」


 とりあえず一番近い棚にある本を確認すると歴史や医術の本があって、その隣には料理のレシピ本や効率の良い掃除の仕方といった家事系の本があった。


 物凄く惹かれる。


 だってもしかしたら師匠でも食べられる野菜料理のレシピがあるかもしれないし、掃除の本だってもっと効率良い掃除方法を覚えたら空いた時間が増えてその分修行にまわせる。


「これも修行の為、これも修行の為……」


 一冊だけ。この『料理に使える魔法〜基礎編〜』を読んだらすぐに攻撃魔法の本を探そう。

 この一冊だけだから大丈夫。


******


「おっ、やってるねやってるねー」

「えっ、師匠!?」


 夢中で本を読んでいたら後ろから師匠に声をかけられた。


 師匠が起きているという事はもう夜!?

 でも窓から入ってきている光はまだ明るい。


 いや明るいけど陽が落ち始めてる! 夕方!!


 ああ、料理の本を読みふけてしまって魔法の本を探すのを忘れていた……だって、面白かったからつい……均一にキャベツを刻める魔法とかじゃがいもの皮が薄く剥けて芽も取れる魔法とか、とにかく興味を引くものばかりでしかも内容は分かりやすく書かれていたから……気づけば僕の手にあるのはさっき読んでいた『料理に使える魔法〜基礎編〜』から始まって最終巻にあたる五冊目の『料理に使える魔法〜達人編〜』


 正直今すぐにでもこの本にあった魔法を試してみたくて仕方ない。


 それにしても師匠が自力で起きて、しかも部屋から出てくるなんて……。


「明日は槍か何かが降ってきそうです……」

「そこまで言う? まあ、いいや。それより、自ら知ろうとするのは大事だし言われてちゃんと行動出来るってのはいい事だ。そんな頑張り屋な弟子に面白い事を教えてやろう」


 そう言って師匠が取り出したのは二冊の本。


「これはある魔物の生態系について書かれた本なんだけど、正反対の事が書かれてんの。片方は草食性で温厚な性格をしているが毒を持っていると書かれていて、もう片方は肉食で獰猛だけど毒なしと書かれている。どっちが正しいか分かるか?」

「えっ、え?」


 師匠から本を受け取って軽く内容を読んでみたけど、どちらもしっかりした調査をしていて嘘を書いているようには見えない。


「師匠……」

「ふふっ。これな、どっちも正しくて間違ってるんだよ」

「え?」

「この魔物の正しい生態は雑食性で、温厚。ただし子育ての時期のメスは獰猛になる。毒に関しては持っていないってのが正しいな、攻撃された時にたまたま傷口から菌が入って化膿したのを毒と勘違いしたんだろ」

「ええ……何でこんな事になっているんですか……」

「時代かな。こっちの草食性と書かれている方が最初に出されて、その時は今みたいに便利な技術や魔法が開発されていなくて、後に研究が進んで新たな生態を発見したんだけどそれでも完全には正しくなくて、数年前にようやく正しい生態が知れたってとこだな。ちなみにこれが完全版の生態本」


 新たに渡された本を受け取って、今度は読まずに発行された日を確認して他の本も確認してみた。

 確かに師匠が言ってた通り最初に読んだ方は発行日が古くて新しいのと比べて三十年以上差が開いている。その割にはどの本も綺麗で新品に見える。


「もしかして刷り直ししている……?」

「こういう研究系の本は定期的に新しくしないと傷んで読めなくなるからなー。一応本じゃなくてこういった記録出来る魔道具があるけど、本の方が知りたいページすぐ開けるし本独特の匂いもして俺はこっちの方が好きだな」


 師匠の手の平には握り拳程の透明の玉が置かれている。ちゃんと記録用魔道具を持っているのにわざわざ何百冊もの本を置いている辺り相当本の方が好きみたい。

 僕はこっちの魔道具の方が嵩張らないし整理整頓も楽だから好きかな。


「でも何で間違っている方も新しくする必要があるんですか? こんなのは処分しておかないと問題が起こるんじゃ……」

「大事な研究本だからだよ。この本の内容を元に実験や調査を重ねてより正確に、新たな発見があるからな」

「……本が出たらそれで終わりってわけじゃないんですね……」

「本が出ているからといって必ずしも正しいとは限らない。それにこの本みたいにどちらも間違っている可能性もあるし、過去の研究内容や当時の状況を知る貴重な資料でもあるって事だ。あとな、間違えるのは悪い事じゃない、悪いのは間違いを指摘されても認めない事だよ」


 何だか難しい話になってきた……。


「えっと、つまり本に書かれている事が必ずしも正しいとは限らないって事ですか?」

「まあそういう事。もう少し言うなら本に限らず誰かに教えてもらったりなんてした事もな。といっても何でもかんでも疑うんじゃなくて、自分でも調べたり試したりするのが大事ってこと」


 ……言われてみれば僕は師匠に教えてと言うばかりで自分から何かを調べたり知ろうとしていなかったな……。今回だって師匠に本を読めと言われたから来たし……もしかして師匠は自分から動く事も大事だと教えてくれたのかもしれない。


「分かりました師匠! 僕、これからはもっと自分から色々調べたりしてみます!」

「よしよし、じゃあ俺はこれから寝るな。早く起きすぎてまだ眠いんだよ」


 ……。


「……あの、僕に教えるの面倒くさいから自分でやるように言ってません……?」

「あー、眠い眠い。これはもう今すぐ寝ないとダメだな、すっごく眠い」


 絶対そうだ。口調が明らかに笑っている。


「たまにはちゃんとしてくださいよ」

「えー。……ああ、猫になりてえなあ。いるだけでチヤホヤされるし一日寝てても文句を言われるどころ可愛がられるし、食事どころか身の回りの世話も喜んでしてもらえるなんて最高だよな」

「今も十分似たようなもんじゃないですか」

「いいや、違う! だって弟子は毎日俺を起こそうとするし野菜も食わそうとするし、俺はもっとぐうたらに甘やかされて過ごしたいっ」


 ……この人は本当どこまでもダメ人間だな……。

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