Case8
ブーケを両手で持って、颯茄はウキウキで右に左に揺れていたが、やがて目を閉じた。
「後ろから抱きしめて!」
「イェーイ!」
静寂が訪れた。足音はゆったりとしたもので、着実に近づいてくる。妻は抱きしめられるのを待ちながら、神経を研ぎ澄ます。残りの誰なのか。明引呼、独健、月命。
普段の生活では気にしたこともなかった。三人の足音が違うことなど。今響いているのは誰のだろうか。
そばまでやってくると、ぴたりと足音がやんだ。そして、包み込むように抱きしめるのではなく、脇の下から両手を入れられて、持ち上げられた。妻は床から離れた足をジタバタとさせる。
「これは抱きしめるじゃなくて、歯がいじめです!」
抗議をするがゲームはまだ続いている。妻は愛とはほど遠いスキンシップをされながら、考える。三人のうち誰がやってきているのか。
誰がやってきていてもおかしくはない。明引呼も独健も笑いを取ってきそうだ。決め手がない。この失敗しているみたい――! ピンときた。
「月さん」
「正解です〜。うふふふっ」
床に無事に下されて、回り込まれると、水色のタキシードを着た月命がニコニコの笑みを見せていた。マゼンダの長い髪がリボンに縛られず、今はサラサラと背中で揺れている。
「理由は何すか?」
張飛からの問いかけに、颯茄は少しだけ笑った。
「いや、こんな失敗してるのは、月さんしかいないじゃないですか」
夫たちからも笑い声が密かに上がった。
「いいんです〜。君が正解したのは成功した印なんですから」
「そうですね」
妻は再確認する。きちんとしなければいけないところは、成功することを狙っていくのだ。それは月命にとって最も簡単なこと。いつもと反対のことを選べばいいのだから。
「それでは、誓いの言葉を……」
ニコニコのまぶたに隠されていたヴァイオレットの瞳が現れた。
「僕は君の幻想的――いいえ、妄想している姿がたまらなく愛しいんです。これからも僕のそばで妄想をして、僕の心を暖かくしてください。愛していると誓います」
「はい、そうします」
本当の自分でいていいと言う。その安心感に颯茄が目を閉じると、月命はそっとかがんで、甘いキャンティーを口の中に入れた。
「むぐ……!」
颯茄が驚いているうちに、月命は唇にそっとキスをする。不意打ちのキスに、妻は妄想世界にカウントダウンしそうになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます