Case9
あめを舐めたまま、九回目のゲームが始まる。颯茄は目を閉じて、
「後ろから抱きしめて!」
「イェーイ!」
静かになると、足音が近づいてきた。それは軽いもので、速度は速い。
妻は最後にきて難所に差し掛かったことを嫌でも知らされた。明引呼と独健は似ているところがある。前へ出ようとするところは一緒。足音だけでは見分けがつかない。
この先、ありきたりな抱きしめ方だった時には、もうお手上げだ。そしてとうとうやってきた、両腕から体に巻きつく感触がした。だがそれだけだった。
颯茄はこの夫の腕の中で崩れ落ちそうなほどショックを受けていた。
決め手がない――。
どっちだ。明引呼か独健か。
「三十秒経過っす!」
目を開けると、ワインレッドのタキシードが見えた。
どっちも赤似合いそう――。
妻は思わずため息をもらした。当てたい。そしてそれを、夫婦の証としたい。諦めるな、まだ道は残されている。
妻はもう一度目を閉じた、神経を研ぎ澄ますために。そして、左の後頭部をトントンと爪で叩いた。すると、別の次元へと意識が移動する。
次に、今自分を抱きしめている夫の背後に視点を持っていく。そして、気の流れを見るのだ。
「残り十五秒っす!」
焦るな、自分――。胸の熱い気の流れは一緒。光命と孔明のように似ている明引呼と独健。夕霧命でないと見抜けないのか。いやしかし、諦めたくはない。
よく観察をする。普段見かける二人と似ているのはどっちだ。下の方に――
「明引呼さん!」
「正解だ」
しゃがれた声が響くと、妻はほっとして、まぶたを開けた。
「何を迷ったっすか?」
「明引呼さんと独健さんって気の流れが似てるから、どっちか決められなかったんです。でも、今違いを見つけたんです」
夫たちから称賛の声が上がる。
「やる〜!」
妻は照れ笑いをして、話を続けた。
「お腹の辺りに下に引っ張られてる気の流れがあったので、それと同じものを持ってるのは明引呼さんだったからです」
「そうだ。似ているが明引呼は落ち着きが少しある」
夕霧命のお墨付きをもらって、颯茄は晴々とした気分になった。祭司が言葉の合間を縫って言う。
「それでは、誓いの言葉を……」
明引呼のガタイのいい体は、祭司からも守るように颯茄の前に立ちはだかった。
「いっつもよ。誰にも頼らねえで先に進もうとすっけど、少しは頼りやがれ。そのためにオレは結婚したんだからよ。涙も悩みも全部打ち砕いてやっから、そう誓うぜ」
「ありがとうございます」
颯茄のハイヒールはそっと背伸びをして、体重を明引呼に預けた。その腕はびくともせず、唇に熱い火花が散ったようなキスをした。
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