Case3
後頭部の痛みが引くと、妻はすっかり蓮に引っ叩かれたことなど忘れてしまった。目を閉じて、ノリノリで言う。
「後ろから抱きしめて!」
「イェーイ!」
残響が消え去ると同時に、足早に近づいてくる。規則正しい足取りで、あっという間に距離を縮めてきた。ふと音は止み、腕を回された。
しかし、妻はびっくりした。
(胸を触ってる……)
結婚式場だと言うのに、もう夜のことに話が飛んでいる。こんなことをしてくるのは、あのスーパーエロ二人しかいない。光命と孔明だ。
だがしかし、妻は苦渋の表情をした。真っ暗な視界の中で、あの二人の区別をつけるのは難しい。最初にやったみたいに、気の流れで知ろうとしても、光命と孔明は同じ気の流れをしている。細かいところは違うが、それは素人の颯茄には判別できない。夕霧命なら別だが。
足音を思い返してみる。規則正しかった。そこに何らかのきっかけが潜んでいるのではないかと踏んでみるが、颯茄にはさっぱりだった。
「三十秒経過っす」
悔しい。目を閉じている間で、当てたかった。しかし、あともう三十秒経ったら、失敗に終わってしまう。とにかく今は目を開けることだ。
聖堂の神聖な色が戻ってきた。胸に巻きついている腕を見ると、瑠璃色だった。青が好きな夫は――
「光さん」
「正解です」
遊線が螺旋を描く優雅で芯のある声が背後から聞こえてきたが、後半は瞬間移動で前から響いた。
「当ててくださったこと、感謝しますよ」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございます」
タイミングを見計らった司祭が言う。
「それでは、誓いの言葉を……」
「あなたに出会えたことを神に感謝いたします。私はあなたを長い間待たせてしまいました。そちらの分も含めて、病める時も健やかなる時も、あなたを愛すると誓います」
妻の瞳は涙で揺れる。至福の涙で。少し震える声で告げる。
「ありがとうございます」
二人はみんなを置き去りにして微笑み合い、愛おしそうにキスをした。しかし、なかなか離れないでいて、祭司から注意が入った。
「そろそろよろしいですかな?」
「はい……」
他の旦那たちはお互いを見て微笑み合った。張飛から意外そうに質問がやってくる。
「何を迷ったんすか?」
「光と四六時中いるから、すぐわかると思った」
夫たちが口々に言う。光命と手をつないだまま、颯茄は苦笑いをした。
「胸を触るのは光さんか孔明さんなんですけど、気の流れが似ててどっちか判断つかなかったんです」
「足音でもわかる」
夕霧命の低い声が指摘した。ステンドグラスを見上げながら、颯茄は聞き返す。
「え、どういうことですか?」
「規則正しいのはリズムを取っているからだ」
妻はうちしがれるように、床に崩れ落ちそうになって、光命がエレガントに支えた。
「いや〜、ピアニストだからリズム取ってるんだ。どんな時でも。さすがCD何枚も出してるだけのことある〜」
「おかしな人ですね、あなたは」
光命はくすりと笑って、颯茄の頬に乱れた髪を指先で整えた。
「もっと詳しく言えば、光と孔明は厳密には一緒ではない。光の胸の気の流れは熱いものだが、孔明は暖かいものだ」
「ああ、言われてみれば、そんな違いがある感じがする」
武道家からの的確な指摘を受けて、颯茄はまた一歩成長したのだった。
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