林間学校と山の思い出
よすが 爽晴
大人になっても、思い出す
どこかで、遠いどこかで聞いた話だ。
この辺りでは、当時流行り病があったらしい。主に子どもが発症するそれは不治のものとされ、命を落とす事も少なくなかった。
ある日の事だ、山奥に、ある親子が足を踏み入れた。
その親子は麓で生活をしていたが、子どもの方が流行り病に罹ってしまったのだ。貧しく治療費も薬を買うほどのお金もない親は泣く泣く、子どもを山へ置き去りにしようとしていたという話だ。
家のある麓から、どれだけ歩いただろうか。
人気もなく民家の明かりもないそこについた二人は、仏像様の前で立ち止まる。
「おかぁ、ここは?」
「……おかぁ、少し山菜を取ってくるから、一人でいれるかい?」
もちろん嘘であるそれ、幼い子どもは疑う様子もなく小さくうなずいた。親は少し、ほんの少しだけ声を震わせて、いい子だねと撫でその場から離れた。
幼い子どもが、こんな獣も出る山で一人。生きて帰れない事くらい、誰が見てもわかる事だった。
「ごめんね、ごめんね……!」
「おかぁ?」
謝罪の言葉が、風に乗り子どもの耳にも届く。それに、どんな意味があるのか。けど子どもはわからないはずなのに、その時はっきりと言葉を紡いだ。
「許さないよ、おかぁ」
***
「その子どもは親を恨み、死ぬまでそこで怨念を込めた……その結果か親は早くに亡くなる事になったけど、その後も子どもの怨念は今も同じ場所をさまよっているらしいよ」
「なんだよそれ、聞いてやればさっき先生達が話したやつだろ」
「あれ、そうだっけ?」
ケラケラと明るい声が響く夜道で、俺は一番後ろを歩いている。
目の前の歩くのは、同じ班の奴ら。林間学校で一緒になったみんなは、そんな怪談話をしていた。
ここにくる前、先生達が希望者を別室に集めて話したそこまで怖くない作り話。元にしている内容はあると言っていたけど、それもどこまでが真実なのかはわからないらしい。
「怪談ねぇ」
「なに、信じてないでしょ?」
さっきから楽しそうに話していた彼女が急に顔をこちらに向けると、クスクスとからかうように笑ってきた。あぁ、もちろん信じていないさ。
暗がりにライトを持ち、先生の引率で星が綺麗と言われる丘までの山中を歩いていく。林間学校の施設が運営するそこはすれ違う人なんかいるわけもなく、ただ俺達子どもの話声だけがこだまする。
「そもそも、そんな先生達が作った話なんて」
「うそじゃないよ」
「っ……」
有無を言わさない、そんな声音だった。
あまりに鋭いそれに顔を顰めると、彼女は薄い笑みを貼り付けながら言葉を続けてくる。
「ほらあそこ、仏像様があるでしょ? あそこって、そのお話に出てきた場所なんだって」
「誰がそんな事」
「誰だろうね」
あぁこれ、俺がからかわれている奴だ。
呆れ半分で首を横に振っていると、ふと横を歩いていた奴がなにかに気づいたようで身体を小さく揺らしていた。どうしたのかと思い顔を覗き込むと、真っ青になっていて。
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫では、ないかも」
どうしたのだろうか、気分でも悪いのだろうか。
そっと背中さすろうと手を伸ばすと、そいつは今にも消えそうな言葉を漏らしていて。
「なんであいつ、知っているんだよ」
「え……?」
なにが言いたいのか、正直わからなかった。
「だってあいつ、途中で具合が悪くなったとかで部屋を抜けたから」
その言葉は、やけにどろりとしていて。
「仏像様の話は、あいつが出ていった後の話なのに――」
林間学校と山の思い出 よすが 爽晴 @souha
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