第6部 その8「恋が世界を作ったっていいと思わない?」

 頭の中に、違う人生の記憶がある。そんな不可解な状況を解決できるかもしれない存在が、目の前の画面に映っていた。

 レイラ・レイラックと、東 恵理花。宇宙人と異世界人だ。どうやら、向こうも陽壱たちを探していたらしい。

 初対面なのに知っているという感覚は、何度味わっても気持ち悪い。


『繋いでいられる時間はあまり長くないから、簡単に話すネ』


 笑顔を消したレイラが、日本語で語りかける。少し違和感のある発音も、記憶のままだった。

 突如現れた画面を店中の人が注目している。それを全く気にしない様子で、レイラは話を続けた。


『この世界は、テロによって変えられてしまったものなんだヨ』


 陽壱たちは、レイラの言葉に息を呑んだ。


「ど、どういうこと?」


 美月が身を乗り出した。他の面々も同様に、前のめりで画面を見つめている。


『手短に話すネ』


 本来の世界では、数十年前に異星人が地球へとやってきた。陽壱の両親が生まれるよりも前の話だそうだ。

 地球の文化に合せて自身たちを『宇宙人』と名乗った彼らは、基本的には友好を望んでいた。非公開ながらも一部の宇宙人は地球に溶け込み、混血の子孫も生まれているらしい。


 ただし、一部の宇宙人は地球との交流を快く思っていなかった。数としては少数派だったため意見が通らず、強硬手段に出てしまう。

 それが、今の状況の原因とのことだ。

 反対派はワープ航法の技術を応用した時間改変で、宇宙人が地球に来たことをなかったことにした。時間改変は、宇宙人の法では強く禁止されている犯罪行為らしい。

 原理の説明も軽く受けたが、さっぱり理解できなかった。

 ひとつだけわかったのは、陽壱たちが今いる地球には宇宙人がいないということだ。


「それと私たちに何の関係が?」


 恭子が目を細める。回りくどい説明はやめろと言わんばかりの冷めた表情だ。


『戻った記憶が鍵になるんだヨ』


 レイラは説明を続けた。

 改変された時間を修復するには複数の手段があり、そのひとつに人の記憶を使うものがある。そのまま使うのではなく、記憶をきっかけに正しい歴史を割り出すのだそうだ。

 これも、原理はさっぱりわからなかった。

 正しい歴史を知る者が多ければ多いほど、その成功率は高まるらしい。


「あ、あの、それって何で私たちなんでしょう?」


 優紀がおずおずと手を挙げた。陽壱も気になっていたことだ。


『恋だヨ』

「恋?」


 全員が、そのままに言い返してしまう。


『本来の世界と改変後の世界で、恋が消えてしまった人には、その記憶が浮かびやすいって研究結果があるんだヨ。人の持つ感情でも強いところだからみたい』


 ほぼ全員が、陽壱の方を見て頷く。陽壱と千尋だけは美月を見ていた。

 美月と視線が合ってしまい、陽壱は恥ずかしくなって目を伏せた。


『私も、記憶が浮かんだ時はびっくり。ヨーイチに恋をしてたみたいだからネ。改変に気付いても地球に連絡する方法がないから困ったヨ』

「なら、どうやってここに?」


 千晶がレイラの画面に顔を寄せる。


『私です!』


 待ってましたとばかりに、恵梨香が薄い胸を張る。非常に既視感のある光景だった。


『幸いにも、異世界と言ったらいいのかナ、そこに繋ぐ手段はあってネ。エリカの世界はなんとか探すことができたんダ。記憶の中で繫いだ経験があってよかったヨ。そうじゃなかったらお手上げだったかも』

『勇者様が勇者様じゃなくて焦っていたところに、急にレイラさんから連絡が来て驚きました。その時に、私にも記憶が浮かびましてね』


 その後、レイラたちの科学技術と恵理花たちの魔術を駆使して、ようやく地球に連絡が取れたそうだ。


『この人数が集まれば修正も上手くいくと思うヨ。さすがヨーイチ。だから、すぐに作業を始めるネ』


 レイラは笑顔に戻り、陽壱に向けてウインクした。


「待って、もうひとつ教えて」

『時間ないから、最後ネ』


 引き止めるように質問する美月に、レイラは焦り気味で対応する。本当に時間がないようだ。


「修復したら、ここの、今の私たちはどうなるの?」

『それはね、私たちもわからないんダ。観測できなくなるから、なくなってしまうとも言えるし、もしかしたら、残って続くのかもしれない』

「そっかぁ」

『答えられなくてごめんネ。今のミツキも可愛いのにネ。でも、戻さないといけないんだ。ここは、本来なかった世界だかラ』


 レイラの言葉には、誰も口を挟むことはできなかった。


『始めるネ』


 画面の向こうで、何かを操作するような様子が見えた。

 正直なところ、陽壱も美月と同じような気持ちを抱いていた。ここでの自分たちはどうなってしまうのだろうか。

 決して良い思い出ばかりではないが、それなりに生きてきたのだ。それに、つい最近だけど好きな人もできた。

 寂しいという思いを、仕方ないという諦めが覆ってしまうようだった。


「ねえ、陽壱」

「ん?」


 隣に座る美月が、陽壱を見つめる。


「恋が世界を戻すならさ、恋が世界を作ったっていいと思わない?」

「どういうこ」


 返事をし終わる前に、美月の唇が陽壱の口を塞いだ。

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