第6部 その7『ちょっと待っテ!』

 美月と再び友人となって、約二週間が経過した。長いと思っていた夏休みも、もう終盤だ。不可解な記憶については、原因究明も解決の糸口も全く見つからない状態だった。

 それとは別で、あまりにも予想外な展開に、陽壱は頭を悩ませていた。正直なところ、記憶の話以上の問題だと感じている。


「ねー陽壱、続きは?」


 陽壱のベッドに寝転んだ美月が、漫画本を手渡してくる。

 無地のTシャツにハーフパンツ姿という、非常にラフな格好だ。前髪が鬱陶しいと言って、頭の上でひとつに結んでいるため、丸みを帯びたおでこが丸見えだ。

 一言で表現するならば、油断という言葉がしっくりくるような有様だった。


「続きはまだ単行本になってないよ」

「そうかー、残念」


 地球防衛隊があったはずの場所でばったり会ったあの日以来、陽壱と美月はよく話すようになった。話題はもちろん、お互いのもうひとつの記憶についてだ。

 当初は玄関先や近所のファミレスだったのだが、唐突に「なんかめんどくさいから、陽壱の部屋に行こう」と言われ、今に至る。

 確かに、美月はいわゆる女子高生だ。外に出る際は化粧やら服装やらに気を遣うのだろう。本人の言うとおり、確かに面倒くさそうだった。


 初めて部屋に入れた時は、本当に緊張した。それは美月も同じだったようで、キョロキョロと見回して小さく座っていた。

 部屋を汚くしていなくてよかったと、心から思った。

 それからほぼ毎日、陽壱の部屋に入り浸るようになる。慣れてくるにつれて、美月はだんだんと遠慮がなくなっていった。

 勝手に漫画を読んだり、ゲームをしたり、アニメを見たり。かなりの傍若無人ぶりを披露していた。

 しばらくすると記憶の話も尽きてしまい、あまり話題にしなくなった。それでも美月は陽壱の部屋で宿題をしたり、のんびりしたりして過ごしていた。


「あのさ、美月」

「んー?」


 寝返りをうった美月は、陽壱と目を合わせる。

 記憶が浮かんだ時に衝動的に求めた美月とは、ぱっと見た雰囲気も表向きの性格も違う。あの感情に引っ張られている部分も否定はできない。

 しかし、今の陽壱は、今の美月を好きだと思う。わがままで少し口が悪くて、自分の前でだけ油断する幼馴染みのことを、愛おしいと感じてしまっていた。


「俺も、男だよ?」

「んふふー、知ってる」


 美月は寝転がったまま、にんまりと笑った。結局それ以上は何も言えず、夏休みの日々は過ぎていった。

 そして二学期が始まる。


 学校に行き始めると、お互いの生活リズムの違いから顔を合わす機会が極端に減ってしまう。その代わりに、携帯電話でのメッセージのやり取りが頻繁に行われるようになった。

 友人たちからは「あの浅香に彼女ができた」「幼馴染みらしい」「裏切り者」などと言われ、訂正するのが大変だった。記憶の中でも同じようなことをしていたと、思わず笑ってしまう。


 この学校で陽壱は、やらなければならないことがあった。それは美月と相談して決めたことでもある。

 記憶に関係するであろう人物の中、現在コンタクトが取れるのは四人。彼女らに自分や美月と同じように、もうひとつの記憶を持っているのかを確かめるのだ。

 陽壱と美月だけならば、ただの妄想かもしれない。

 仮に皆と一致したら、ただの妄想ではないと言い切れるだろう。もしかしたら、解決に繋がる方法が見つかるかもしれない。


「と言っても、どうするかなぁ」


 今の陽壱は人と話すのが得意ではない。面識のない相手に何と話しかければいいのかなんて、見当がつかない。

 記憶の中の自分を呼び起こすと、彼は気軽に躊躇なく人へ話しかけていた。その原動力の根幹を辿ると、ただ一人の顔が浮かぶ。


「ああもう、わかったよ」


 陽壱は机を軽く叩き、立ち上がった。

 まずは同じクラスの人からいこう。一応男同士だし。


「町田くん、ちょっといい?」


 頬杖をついて窓の外を見る、セーラ服の転校生に恐る恐る声をかけた。


「何? ……え?」


 千尋は自分を呼ぶ声に、露骨に嫌そうな顔で振り向いた。しかし、すぐにその表情が変わった。

 驚いたように目を見開いた美少年は、陽壱を指差す。


「陽壱?」

「うん。千尋だね?」


 その顔と台詞から、彼も記憶が浮かび上がったのだと確信した。

 これまでの経緯をなんとか説明すると、千尋は深く納得した様子だった。拙い説明でも、かなりの部分を察してくれた。

 話をしていてわかったことがある。千尋は美月と違い、記憶の中の性格と大差がないようだった。あちらの世界でも、陽壱や美月と関わらなかったら、今のように意図的に孤立していたのかもしれない。

 そんな千尋から、千晶へと話を繋いでもらった。


「入れ替わりまで知ってるとなると、もう信じるしかないよ。ボクもなぜか君たちを知っているしね」


 非常に千晶らしい物の考え方だ。


 町田の双子は、その気になればとんでもなくコミュニケーション能力が高い。そのおかげで、優紀や恭子とも記憶について話しをする機会が得られた。

 優紀は内向的なままで、メガネに猫背姿。恭子は、他人を寄せ付けない冷たさを持っていた。

 二人とも呼び出されただけで、あまり歓迎していない雰囲気だ。しかし、陽壱が話し始めてすぐに記憶が浮かんできたようだった。

 結果的には、陽壱と美月を含めた六人全員が同じ記憶を持っていることがわかった。後日六人で会うことを約束して、その日は解散した。


 そして、三日後。

 いつものお洒落なコーヒーチェーンで、美月は四人と顔を合わせた。記憶はあるので再開とも言えるのだろうが、初対面は初対面だ。緊張は隠せなかった。


「うーん、なんか私だけ違うー」


 美月は恥ずかしそうに頭を抱えていた。

 改めて記憶について話をするものの、一致の再確認ができただけに留まった。原因や意味については不明のままだ。

 こんな時には、宇宙人の超技術に頼りたくなってしまう。

 頼みの綱であった優紀のバイト先は地球防衛隊ではなく、駅近くのコスプレカフェだった。この世界では、宇宙人は地球に来ていないのかもしれない。


「そろそろ帰ってもいいかな? 一応受験生だから。変な記憶があるだけで別に生活に支障があるわけじゃないし」

「わ、私もバイトが……」


 恭子と優紀が立ち上がる。

 今は仲が良いわけでもないので、気まずい空気が流れた。


『ちょっと待っテ!』


 二人を遮るように、どこからか声が聞こえた。初めて聞くが聞いたことのある、華やかで可愛らしい声だ。

 声に合わせて、突然空中に画面のような物が表れる。画面はふたつに分割されていて、それぞれに少女が映っていた。


『ようやくたどり着いたヨ。ヨーイチ』

『あー、はじめまして。お久しぶりです陽壱さん』


 レイラと恵理花が、陽壱たちに向けて手を振った。

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