第6部 その6「あ、よろしく、お願いします」
炎天下の日差しを受け、濃い茶色の髪が輝いて見える。派手な柄のTシャツに、デニム生地の短いタイトスカート。
陽壱の恋人であった美月ならば、あまり好まないであろう服装だった。それでも、美月は美月だ。髪型や服装など、大きな問題ではない。
陽壱の鼓動は意図せず高鳴った。だが、その気持ちを必死に抑えた。一瞬でも気を抜けば、駆け寄って抱き締めてしまいそうだったからだ。
陽壱にとっての美月と同様に、美月にとっての陽壱もまた、違ってしまっているのだ。
なぜ美月がここにいるのだろう。通っているらしい女子校とは電車の方向から違う。わざわざ来なければ、鉢合わせなどするはずがない。
彼女の意図を聞きたいのだが、かける言葉が見つからない。そもそも何と呼んでいいのかすらわからない。
関わることをしなくなって、既に五年以上だ。重くのしかかる月日に、気持ちだけが空回りする。
「ひ、久しぶり。暑いね」
ようやく出た言葉は、どうしようもなく意味のないものだった。
「うん」
対する美月も気まずそうに頷く。
「ここにはなんか用事?」
「うん、少し」
会話が止まってしまう。しかし、ここで逃げ出すことはしたくなかった。以前に玄関先で顔を合わせた時の、あの情けないような恥ずかしいような思いはもうしたくない。
自分の思考が、これまでとは変わっている。もうひとつの記憶の影響だろうとは想定できる。しかし、それが何を意味しているのかは、自分でもわからない。
ひとつ確実と言えるのは、今の陽壱は美月との関係を再構築するチャンスを逃したくないと思っているということだ。
「あのさ」
「ん?」
美月の方から話を始めてくれた。 改めて聞くと、少しかすれたような声だった。
「今日は、逃げないんだね」
目を合わさず、下を向きながら美月が言う。
あの時のことを気にしていたのは陽壱だけではなかったみたいだった。
「ずっと、話したくて」
「私と?」
「うん」
またお互いに言葉が止まる。今更、蝉の鳴き声があたりに響き渡ったような気がした。
「あのさ」
「あのさ」
タイミングがいいのか悪いのか、同時に声が出てしまう。
譲り合った結果、陽壱から話すことになった。
「用事が終わったらさ、ちょっと時間ないかな? 話したいことと、聞きたいことがある」
今の陽壱にはこれが限界だ。記憶の自分なら、もっとスマートに伝えられたのだろう。
格好の付かない必死な誘いに、美月は目を丸くしていた。
「うん、用事、終わったからいいよ」
「ありがとう。み……」
「み?」
「あ、いや、なんでもない」
もしかして、美月も地球防衛隊を探しに来たのだろうか。都合のいい、甘い考えが陽壱の頭をよぎった。
その考えに油断して、危うく美月の名を呼んでしまうところだった。今の陽壱は、今の美月を何と呼んでいいかわからないというのに。
「暑いからどこかのお店でいい?」
「……うん、駅の方で」
美月の言うとおり確かに暑い。話をするなら、どこかに入った方がいいだろう。
陽壱たちは無言のまま、駅ビルに向かった。この近くで落ち着ける店といえば、ひとつしか浮かばなかった。
いつものお洒落なコーヒーチェーンは、世界が変わっても変わらずに陽壱たちを迎えてくれた。と言っても、実際に入るのは初めてだ。こんな店は、リアルが充実しているタイプの人種が入るものだと思っていた。
それなのに、注文の仕組みも理解しているし、好きな飲み物の名前もスラスラと言えた。美月は慣れているのか、スムーズに注文して飲み物を受け取っていた。
そして、お互いに何も言わず、四人がけのボックス席に隣り合って座った。
「え?」
「え? あ、ごめん」
通路側に座った陽壱は、慌てて美月の右隣から向かいの席に移った。移動後の配置は、とても違和感のあるものだった。
「それで、よう……そっちの話って何?」
美月は、シロップと氷をミキサーにかけた上にどっさりクリームを乗せた飲み物をストローで一口吸って、陽壱に問いかけた。
「久しぶりに話したのに、すごく変なことを言う自覚はあるから、話半分でいいから聞いてほしい」
「うん、いいよ」
スパイス入りのミルクティーを口に含む。初めてのはずなのに、飲み慣れた味がした。
「今朝、急に知らない記憶が頭に浮かんできたんだ」
陽壱は、もうひとつの記憶について説明した。宇宙人のこと、生徒会のこと、異世界のことなど、一通り。
ただし、美月との恋については黙っておいた。久しぶりに話す冴えない幼馴染みに、恋人などと言われたら気持ち悪いだろうから。
恋を除いても、あまりに突拍子もない話だ。自分でも疑ってしまうくらいなのだから、それを聞いた美月はきっと呆れているだろう。
「だから、それを確かめるために、地球防衛隊の事務所があったあのビルに行ったんだよ。結局なかったんだけどね」
話し終えた陽壱は、ため息をついた。どうも自分が思うより早口になっている。人前で話をすることが、こんなにも緊張するとは思わなかった。
美月の反応が恐ろしく、顔を直視することができなかった。
「うん、話はわかったよ」
予想外に真剣な反応だった。もっと馬鹿にされたり、気持ち悪がられると思っていた。
それなりに覚悟をしていたので、少し拍子抜けしてしまったくらいだ。
「あのね、もしかしたら、なんだけど」
「うん」
改めて美月の顔を見た。中学生までの美月とも、記憶の中にある美月とも違うのに、なぜこんなにも輝いて見えるのだろうか。
「その記憶って、私とあなた、恋人になってなかった?」
「え?」
驚く陽壱を見て何かを勘違いしたのか、顔を真っ赤にした美月はストローを勢いよく吸った。
「あ、いや、あのね、私もそんな感じの記憶が急に浮かんでね。すごく幸せなやつでね。あー、気持ち悪いよね?」
「気持ち悪くないよ。詳しく聞かせてくれないか?」
「あー、うん」
よくわからない身振りで付きで、美月は一生懸命に説明してくれた。その内容は驚くべきことに、陽壱の記憶と寸分違わず一致していた。
あの住宅地の雑居ビルを確かめに行ったのも、陽壱と同じ目的だったそうだ。
記憶の中の思い出を、恥ずかしそうに、嬉しそうに話す美月はどうしようもなく美月だった。
「その記憶がって理由もないとは言えないけどさ、また名前で呼んでもいいかな?」
本心を言えば、好きだと言いたかった。でも、今それを言ってしまうのは、きっと違う。
改めてしっかりと、二人の関係を築いていきたい。ここで会えたのは、そのきっかけのためだったと思いたい。
「うん、あ、よろしく、お願いします」
その返事で、二人は再び友人になった。
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