第5部 その12【完】「あ、今日は入れ替わってるね」

 お互いの意志を確認した翌日、いつものように陽壱は美月と学校に向かっていた。そのいつもがとても貴重なものに感じるのは、きっと幸せなことだろうと思う。


「昨日はいろいろありすぎたよねー」

「双子入れ替わり事件から、更にいろいろだったもんな」


 美月はすっかり調子を取り戻している。何度見ても可愛い。


 校門の近くで、見覚えのある後ろ姿を発見する。背が低めなセーラー服と、長身でシャツにスラックス姿の二人だ。

 声をかけるのに、陽壱は少しためらってしまう。昨日の出来事の後は気まずい。


「おっはよー」


 ただし、美月は気にしていない様子だった。


「あ、おはよー」

「おはよう」


 前を行く二人は、美月の声に振り向いた。両人ともさっぱりした笑顔だった。

 陽壱は、美月がわざと明るく声をかけたのにようやく気が付いた。察しの悪さは筋金入りみたいだと自嘲してしまう。


「二人とも、今日はそっちなんだねー」


 Tシャツとスパッツの色から、ヒロとアキだとわかる。昨日の午後は千尋と千晶だったが、今日は入れ替わっているようだ。


「そうそう、また恋をしたらやめるかもしれないけどね。今は楽しむことにしたよ」


 ヒロが体を一回転させた。短いスカートが遠心力で広がり、きわどいところまでスパッツがあらわになる。


「僕らさ、他の人に自分らから興味を持ったの初めてでね、いまいち距離感がわからないんだけど、恋愛的に振られても友達でいてもらえるもんなのかな?」


 アキの問いかけに、陽壱と美月は揃って答えた。


「もちろん!」

「もちろんだよー!」


 選挙については、腹をくくってしまえば簡単だった。

 演説の原稿作りは順調に進み、二日後に完成した。客観的な視点としてヒロとアキ、日替わりで千尋と千晶の意見は、とても参考になった。

 生徒会に入りたい理由の本心は、さすがに大っぴらに言えない。だから、当選したらやりたいことや、これまでやってきたことを中心に話を組み立てていった。

 この期に及んで、卑怯だなんて言うつもりもない。なりふりを構うことはもうやめることにした。

 それは美月も同じで、嘘をつかない範囲で生徒たちが喜びそうな言葉を並べている。結果的に皆の利益になれば、それでいいという考えだ。


「あとは練習だけだな」

「そうだね。噛まないようにしないとね」


 演説会の当日、つまり選挙の投票日はあっという間にやって来た。

 演説は体育間の舞台で書紀、会計、副会長、会長の順で行われる。順番待ちの空気はかなりピリピリしていた。

 候補者八人は、それぞれにそれぞれの気持ちがあってここにいる。理由は違えども真剣なことには変わりない。

 陽壱も美月も、ここ数日でようやくそれに並ぶ意志が持てたと思っている。

 会計の演説が終わり、次は副会長だ。


『副会長候補、深川 美月さん、どうぞ』

「は、はい!」


 司会が美月の名前を呼んだ。緊張しているのか、返事はかなりぎこちない。


「じゃあ、行ってくるね」

「噛むなよ」

「酷いなぁ、べーだ」


 美月は小さく舌を出した後、舞台袖から出て行った。


 演説会は程なく終わり、その流れで投票と開票が行われる。

 結論から言うと、二人とも当選した。それはもう、圧勝で。


 その結果を見た恭子は「言った通りでしょ?」とかなりの上機嫌だった。

 同じく結果を知った恵理花も「さすが勇者様。重婚もいけますね」と諦めの悪いことを言っていた。


「なんか拍子抜けしちゃったね」


 いつものお洒落なコーヒーチェーンで、ストローを咥えたまま千晶がぼやいた。


「こら、行儀悪い。でも、僕も拍子抜けはしたな。もっとこう、ギリギリでした! みたいなドラマがあってもよかったのに」


 拍子抜けという点では、千尋に加えて陽壱も同意だった。


「うーん、私は緊張したよ」

「美月は人前に立つことあんまりなかったもんね」

「よういちは緊張しなさ過ぎなんだよー」


 飲み物を前に、四人で笑い合う。


「ただ、当選したからといって油断したらいけないよな」


 陽壱は自分で自分に釘を差した。

 元々は邪な理由で立候補したのだから、その分の責任は取らないといけない。やるならば、真剣に全力にだ。


「うん、ちゃんとやらないとね」


 役職として、最高のパートナーも得た。公私混同と言われても仕方ないが、そこには目をつぶってもらおう。


「まずは何するの?」

「とりあえず、生徒会室の整理だな。演説でもやるって言っちゃったし」

「うわぁ、めんどくさそ」

「聞いておいてそれかよ」


 ストローをカップに戻しながら聞いた千晶は、陽壱の回答にげんなりした顔を見せる。

 それにツッコミを入れる千尋が微笑ましかった。


「千尋と千晶のおかげだよ。感謝してる」

「ありがとうね。私たちだけだったら、たぶんダメだったよ」


 陽壱と美月は、改めて目の前の二人に頭を下げた。選挙だけでなく、自分たちの関係性という点でも礼を言いたかった。

 互いに依存するということは、ただ委ねるだけとは違うと教えてくれたようなものだからだ。


 今なら正直に、陽壱は美月に依存していると思える。なくてはならない存在だし、判断基準の中心はいつも美月だ。

 しかし、気持ちの全ては伝わっていなかった。言っていないのだから当然だ。

 そして、美月も似たようなものだったと、話してみてようやくわかった。

 意見や要望を誤解なく伝えて、わかり合って初めて依存関係は成り立つのだと実感した。

 そのお手本のような存在が、千尋と千晶だった。


「いいんだよ。僕たちも得るものがたくさんあったからね。ギブアンドテイク」

「そうそう、ボクたちは二人でひとつだと思ってたけど、ちゃんと二人だったんだってわかったよ。恋もできたし」


 その言葉の後に「振られたけど」と声が揃った。双子は顔を見合わせ、吹き出した。


「あと、僕と千晶の秘密を知った君たちはもう逃れられないからね」

「責任を取って、ずっと友達でいてもらいます」


 陽壱はその申し出を心から嬉しく思った。



 高校を卒業して数年後、とある男女一組がファッション雑誌の表紙を飾る。

 モデルとしてデビューしたのは『ヒロ』『アキ』という芸名を名乗る男女の双子だ。

 美形な双子という珍しさだけでなく、互いが男装も女装も似合うということで、かなり話題となり人気は急上昇した。

 後に地球初の星間旅行計画のポスターに採用された彼らは、その発言の面白さからテレビにも頻繁に出演するようになっていた。


「あ、今日は入れ替わってるね」

「ほんとだ」


 テレビの向こうでは、ヒロとアキがいたずらっぽい表情を見せていた。その意味を理解できる者は数少ない。



 第5部『転校生:町田 千晶、町田 千尋』 完

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