第5部 その8「よういちに合わせるよ」

 陽壱にとっては、千尋と千晶の参加はありがたかった。他者からもらえる意見は、自分の考えに対する参考になる。


「二人とも、最初から目的や理由があって立候補しようと思ってたわけじゃないんだよね?」


 予備のパイプ椅子を引きずってきた千尋が、潜めた声で確認する。さすがに大きな声では言いづらい事実だ。


「そうなんだよ。後から理由をつけないといけなくて。無理があるよなぁって」


 陽壱は軽く両手を振った。お手上げと言うやつだ。


「そもそもさ、理由とかいるのかな」

「理由、いらないのかな?」


 千晶の言葉に美月が聞き返す。


「あのね、後付でわざとらしくなるくらいなら、言うのをやめてしまって、これまでの実績を説明してもいいんじゃないかなって。ボクたちは知らないけど、いろいろやってたんでしょ? そんな人が会長になるなら、みんな歓迎すると思うよ」

「それも一瞬考えたんだけどな、なんか卑怯な気がして」


 その提案はもっともなのだが、やっぱり陽壱としてはやりたいとは思えない。


「卑怯? どこが?」


 納得いかないようで、千晶が食い下がる。


「選挙期間外の行動をアピールするって、まるでこのためにやってたみたいでさ。本来の意図とは違うから、それを今持ち出すのは卑怯だと思うんだ」

「それって卑怯って言わないと思うよ。皆のためにって、個人的にやってたことを、立場を変えてやる場所には生徒会っていいのになぁ」

「それでも、できれば避けたい」


 友人の言葉を跳ね除けてしまうほど、頑なになっている。自覚はしていても、簡単に収まるものではなかった。


「陽壱は完璧主義なんだね」

「完璧主義?」


 黙って聞いていた千尋がぼそりと呟く。それに美月が反応した。


「陽壱は人にあんまり興味ないでしょ?」

「え?」

「あ、特定の人を除いてね」


 ちらりと美月を見た後、視線を陽壱へ戻し話を続ける。


「積極的に人の輪に入るし、求められたことには全力で応える。でも、自分から求めたことは多くなさそうに見えるよ。だから今困ってるんじゃない?」

「あぁ、うん」


 それは正に図星だった。午前中にはヒロにも近しいことを言われていた。中身は違っても同じ見た目の相手に言われるには、なかなかきつい意見だ。


「積極的な受け身か……」


 確かにその通りだ。自分から欲しいと思った人間関係や立場は少ない。

 もちろん、受け身だとしても得られた友人は大切だし感謝もしている。千尋が今言っているのは、それとは別の話だ。


「俺には生徒会長になってまで欲しいもの、ないかも」


 途方に暮れた陽壱は、天井を見上げた。


「美月ちゃんはどう?」


 今度は千晶が美月に向けて、話を振った。


「私も、同じかな」

「同じって?」

「うん、よういちと」

「そっかぁ」


 すらっと長い腕を組み、千晶はうめき声を出した。


「んー、これは困ったぞ千尋。辞退も視野に入れないといけないかもね」

「かもしれないなー」


 双子が揃って頷き合う。


「じゃあ」

「いや、そうはいかない」


 ほぼ同時に声が出る。陽壱は美月の言葉を遮ってしまったことに気付いた。


「あ、ごめん。美月どうぞ」

「ううん、なんでもないの。よういちどうぞ」


 お互いに譲り合ってしまった。こういうときの美月は折れないのをよく知っている。


「じゃあ、先に。辞退するのは避けたい。美月は?」

「よういちに合わせるよ」


 美月はいつも合わせてくれる。主張がないという意味ではなく、こちらの考えを尊重してくれているということだ。少なくとも陽壱はそう思っている。

 しかし、今の『合わせるよ』は違うように聞こえた。具体的には説明できないが、何かが違った。


「じゃあ、ボクに考えがあります」


 違和感を遮るように、腰に手を当てた千晶が陽壱の顔を覗き込んだ。まつ毛は長く、顎のラインは丸みを帯びている。

 男装をしていても、近くで見るとしっかり女子だとわかった。


「理由にこだわるから困るんだよ。陽壱は生徒会長になったらやりたいことない?」

「やりたいこと? なくはないけど」

「もう無理ならさ、理由は妥協してやりたいことを並べてみるといいかなって。これなら陽壱の言う卑怯にもならない。それに、完璧主義を少しは捨てないと、積極的な受け身すらままならないよ」


 千晶の言葉をきっかけに、陽壱は生徒会の手伝いをしていた時のことを思い返す。

 例えばこの生徒会室の資料。見ないなら捨ててしまえばいいと常々思っている。記録が必要なら電子化すればいい。

 例えば、文化祭。制限が多すぎて盛り上がらない。定型的なものにこだわらず、安全に配慮した上で楽しめるものにすればいい。

 他にも思い返せばいろいろ出てくる。それは、昨年度に恭子が困っていたのを見ていたからわかることだった。


「そうか、そうだな」


 陽壱の思考はだんだんと透き通ってくる。

 千晶や千尋と言葉を交わしながら、原稿の作業は少しずつ進んでいった。

 隣で黙ってはいるが、美月も作業をしていると思っていた。


「美月も」

「ごめん、私、今日は帰るね」

「え、美月?」


 声をかけたタイミングで急に立ち上がった美月は、荷物を片付け鞄を持ち、生徒会室を出て行った。


「美月」


 立ち上がろうとした陽壱の肩を、千晶が押し留めた。


「今は陽壱が行ったらだめ。きっと喧嘩になる」

「僕が行くよ。待ってて」


 双子の連携プレイに、陽壱はあ然とするしかなかった。

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