第5部 その6「受け入れてしまうんだね」
昼休み。昼食用に開放されている教室に、四人は座っている。全員無言で、ここまで移動してきた。
そんな中、会話の口火を切ったのは陽壱だった。
「本当に入れ替わってるの?」
「うん、こっちが千晶」
「それで、こっちが千尋」
向かいに座る双子は、それぞれに相手を指差した。
陽壱は美月と目を合わせる。お互いにそれを見破ったとはいえ、にわかには信じられない。だが、事実は事実として受け止めるしかないようだ。
入れ替わった二人から順を追って経緯を説明されても、感想は変わらなかった。
「人の精神が入れ替わるなんてあるんだねー」
「みたいだな」
あくまでものんびりとした美月の口調は、相変わらず陽壱を落ち着かせる。
宇宙人も異世界人もいる世界だ。超能力者の一人や二人いても不思議ではない。
そう考えるだけの余裕を持てるのは、隣に座る幼馴染みがいるからだ。何か妙な出来事に出会う度、同じことを思ってしまう。
「信じちゃうの?」
千晶は陽壱たちの態度に驚いている様子だった。正確には、千晶の体に入っている千尋だ。
「普通、信じなくない?」
千尋もそれに続いた。こちらも、正確には千尋の体に入った千晶の発言だ。非常にわかりづらい。
「待ってくれ。どっちがどっちかわからないと、話が進まない」
陽壱の提案で、入れ替わりには一定のルールを設けることになった。
「じゃあ、紺色のスパッツ履いてて、中身は千晶で外が千尋のボクは『ヒロ』ね」
「で、外が千晶で中身千尋の僕は、黒のTシャツで『アキ』と」
元に戻った時はスパッツとTシャツの色を逆にする。そうすれば、一目で判断できる。
ルールといっても目印と呼び名を決める程度で、強制力はない。実行の有無は、千尋と千晶の良心に任せるしかない。
しかし、陽壱も美月もそこは特に心配していなかった。
「ボクが言うのもおかしいけど、疑わないの? 怒らないの?」
ヒロが肩までのくせ毛をいじりながら、陽壱と美月を交互に見る。
「混乱はするけど、わかってしまえば大丈夫かなと。なぁ、美月」
「うん、わかっちゃえばそんなに気にしないよ。もちろん、びっくりはしたよ」
陽壱たちの言葉を聞いても、ヒロとアキはいまいち納得していない様子だった。
「話をだいぶ戻すけど、なんでわかったの?」
千晶の精神が入った千尋、つまりヒロが髪を耳にかけながら質問をする。髪を触るのが癖のようだ。
「俺は、千尋にしては考えたこと全部喋ってるとな思って。そういうのは千晶のタイプだなと。あと、仕草が女の子っぽかった」
「女の子、っぽかった?」
「うん」
「そうかぁ」
ヒロはなぜか嬉しそうだった。身体的な性別を無視して外見だけで言うなら、千尋の体の方が似合っているのかもしれない。
「じゃあ、僕の方は?」
千晶の体をした千尋、アキが自身を指差し美月に尋ねる。
「うーん、よういちの逆かな。全部喋らなくて、言いたい部分だけ、みたいなね。あと、女の子たちへの対応がちょっと雑だったよ」
「まじか……ちゃんとしてたつもりだったのに」
「たぶん、あの子たちは気付いてないから大丈夫だよー」
美月のVサインに、アキは胸を撫で下ろすような動きをする。
「ボクが思うに、陽壱も美月ちゃんも鋭すぎるんだよ。方向性は違う鋭さだけどさ」
「ああ、僕もそう思う」
ヒロとアキが交互に頷く。
「それともうひとつ、仮にボクらの言っているのが真実だとして、怖くないの? それか、気持ち悪くないの? 普通ではないよ?」
ヒロは意図して声を低くしたようだ。それでも、なんとか男子と断言できる程度ではあるが。
「怖いとか気持ち悪いとか言われてもなぁ。そういう力を持って、使って生きてきたんだろ?」
陽壱は二人を交互に見た。似てはいないのに、同じように不安げな顔をしている。
「それで悪さをしてたとかでもなければ、いいんじゃないかな。さすがに覗きとかしないでしょ?」
「もちろん、体育とかある時はちゃんと元に戻るから」
冗談めかした陽壱の言い方に、慌ててアキが弁解する。主に美月の方を向いて。
「なら、俺はいいよ。ただし、二人が言うような感覚の人もいるだろうから、秘密にはしておくけど」
「私もよういちと同じー」
これまでの経緯を知った上で、否定的なことを言うとしたら、彼らの人生そのものを否定すること同じだ。それはしてはいけないし、しようとも思わない。
それに、二人でいることに価値を見出す感覚を、陽壱は自分のことのように理解できてしまっている。
「よういち、もうこんな時間だよ」
「ほんとだ、急げ」
疑ってもおらず、怖がってもおらず、怒ってもいないことを説明していたら、昼休みは終わりに近付いていた。
四人は慌てて弁当を口にかき込んだ。
「君たちは、どんなことでも受け入れてしまうんだね」
昼食の終わり際、アキの呟いた言葉が陽壱には印象的だった。
放課後は、生徒会長選挙の立候補者と実行委員の顔合わせ会が予定されている。
手を振り合い、陽壱とヒロ、美月とアキはそれぞれの教室に戻っていった。
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