第5部 その3「それじゃあ」「やりますか」

 町田 千尋と町田 千晶は生まれて十六年の間、共に過ごしてきた。母親の中にいたときから含めると十七年近い。


 公平を意識した両親に愛され、二人は個の意識を持たずに育った。

 何をするにも一緒。二人であればどんなことでも楽しかった。


 そんな生活が崩されたのが、小学校への入学だ。

 他者との交流を学ぶという名目で、二人は違うクラスに編入された。

 半身と呼ぶべき存在が近くにいないという感覚に耐えられず、休み時間は互いの教室へ行き来していた。しかし、度が過ぎると教師から禁止されてしまう。

 しかし、大人たちの狙いに反し、他の児童と関わるような変化は起きなかった。

 そんな生活が続き、二人は初めて自分たちが別々の存在だと意識するようになっていった。


 学校では離れていても、家ではこれまでと同じように二人一緒だった。ただし、心と体の成長と、芽生えてしまった個の意識は、現状維持を許さない。

 個という感覚は、まだ幼い二人にとっては大きなストレスでしかなかった。

 そして、小学三年生のある日、不思議なことが起こる。特に理由もなく互いの手のひら同士を合わせた時だ。

 千尋は千晶に、千晶は千尋に変わっていた。


 再び手のひらを合わせれば元に戻る。後に精神が入れ替わるのだと理解したそれは、二人にとって救いであった。

 再び双子間での個という概念を失ったことで、他者とも関わる余裕が生まれた。両親をはじめとする周りの大人たちは、それを歓迎した。

 まだ男女の違いが大きく表れる前であったため、二人はそれぞれの体の変化も許容できた。どちらの体も自分たちの一部であり、入れ替わることにはなんの違和感もない。

 友人や両親ですら気付かないほどに、自然とお互いを演じていた。それは、どちらが千尋であっても千晶であっても、日常生活に影響がないという程であった。


 中学生になると、二人の体は思いもよらぬ方向に成長した。千尋の体は小柄で華奢に、千晶の体は細身ではあるが長身になっていく。

 一般的には男女逆である。だが、二人はそれすら真正面から受け入れた。

 千尋の体では髪を伸ばし、スカートを履く。千晶の体では髪を短く切り、男物の服を着るようになった。

 気分次第で入れ代わり、それぞれがそれぞれの特殊性を楽しんだ。

 寛容な両親は、それを咎めることをしなかった。二人はその愛に、心から感謝をしている。


 頭の固い中学では制服の男女入れ替えは叶わなかった反動もあり、高校は私服で通えるところを選んだ。

 しかし、入学当初は許容されていたはずの服装を指摘されるようになる。風紀の問題だそうだ。

 両親はそれと争ってくれたが、学校側は退学をちらつかせ脅すようになる。家族四人は深く怒り、校則で制服の男女指定がないと明記されている高校への転校を決めた。

 七月という、中途半端な時期の転校はそんな理由からだった。


「ねえ、千尋」

「んー?」


 転校初日の夜、千晶は千尋の部屋でベッドに寝転がっている。

 双子とはいえ男女ではあるので、家にはそれぞれの個室が用意されていた。さすがに寝るときは両親への義理から別々だが、それ以外はどちらかの部屋で過ごすことがほとんどだ。


「明日、入れ替わろっか?」

「いいね」


 二人の意見が合致しないことは、これまでなかった。どちらかが入れ替わりたい気分のときは、もう片方もそんな気分になっている。

 入れ替わりの力は、二人だけの秘密であり絆でもあった。


「ねぇ、千尋」

「んー?」


 気だるそうな千晶に合わせて、千尋もベッドに転がる。


「陽壱くん、気になるかも」

「そっかぁ」


 千晶が男子を気になると言ったのは初めてのことだった。


「実はね、僕も深川さん、気になるかも」


 千尋が女子のことを気になると言ったのも、初めてだった。


「千尋が!」

「千晶が!」


 二人は同時に腹を抱えて大笑いした。

 これまで他人と関わりはするが、積極的に興味を持ったことがなかった。

 それが、二人同時にだ。しかも、まだ付き合ってはいないとはいえ、好き合う相手同士をだ。笑わずにはいられない。

 友達になれた相手への裏切りかもしれないこと。もし想いが通じてしまったら、二人で一つではいられなくなるかもしれないこと。

 互いが不安に思っていることをわかってしまうから、今は笑うことしかできなかった。


「陽壱のどこがよかったの?」

「全部聞いた上で、正しさを判断しようとするところ。見た目はぱっとしないのに」


 笑いが止まらず、息も絶え絶えになりながら千晶が答える。


「美月ちゃんの魅力は?」

「言ってないのに、なんか察してるところ。陽壱が思うほど可愛くはないのに」


 ベッドに顔を埋め、千尋が答えた。


「逆じゃん」

「逆じゃん」


 二人同時に声を上げ、部屋は笑い声が満ちた。それが落ち着くまでに、数分間が経過していた。


「それじゃあ」

「やりますか」


 千尋と千晶は、ゆっくりと手のひらを合わせた。

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