第5部 その2「ボクのことは千晶って呼んで」

 双子というと、瓜二つのイメージがある。陽壱も千尋と千晶を見るまでは、そうだと思い込んでいた。


「男女の双子はほとんどの場合が二卵性なんだよ。全く同じ見た目なのは一卵性で、二卵性は兄弟が同時にいるイメージかな。だから、似てる部分はあっても同じってわけじゃないんだ」


 千尋が慣れたように説明してくれた。これまで幾度となく繰り返してきた言葉なのだろう。

 知識が薄く、手間をかけさせてしまった。この機会にしっかりと学んでおこう。


 案内した先では、予想通りの反応だった。

 中にいた数人が一斉に振り向いて、体を硬直させていた。


「はーい、制服は女子だけど男だよー」


 昨今の社会的な情勢に配慮してか、ここ城際山西高校では男女どちらの制服を着用してもよいと校則で明言されている。実際に活用しているのを見たのは、この二人が初めてだったが。


「女の子だよー。かっこいいけど女の子だよー」


 隣からは、美月の声が聞こえてきた。女子用も同じみたいだった。


「ありがとうね」


 千尋はにやりとして、個室に入っていった。男とはいえ、さすがにスカートで立ったままは厳しいみたいだ。

 用件を済ませた四人は、それぞれ教室に戻った。休み時間はあと少し。


「浅香くんはさ、深川さんだっけ? あの子と付き合ってるの?」

「いや、まだ」


 陽壱の曖昧な返事に、千尋は声を出して笑った。教室の視線が集中する。


「まだ、なんだね」

「からかうなよ」


 捨て台詞を言うのが精一杯だった。酷く中途半端な状態なのは、陽壱自身もわかっている。

 いつまで「まだ」と言い続けるつもりだろう。自分への問いかけには、誰も答えてくれはしない。


 痛いところを突かれてしまった。しかし、千尋を敬遠したいとは思わなかった。担任に頼まれたからではなく、感覚的なものだ。

 今度はこちらから痛いところを突いてやろう。


「町田くんは、なんでその服装なの?」


 次の休み時間、思い切って聞いてみた。彼を見たとき、誰もが疑問に思うはずだ。

 これまでのやりとりから、あえて遠慮をしない方が好まれると判断しての質問だ。


「ストレートだな浅香くんは。千尋でいいよ。千晶もいるしね」

「なら俺も陽壱でいいよ」


 千尋は陽壱からの問いを待っていたかのようだった。

 反応は予想通りと言えばそうだったのだが、あまりにも予想通りすぎて拍子抜けしてしまった。


「そんなに大したことじゃないよ。心も体も男だしね。そういう繊細な悩みはないから気にしないで 」


 明るく平然と語る様子を見る限り、言葉に嘘はないようだ。


「中学生の頃から千晶と話をしててね、お互いに似合う服装が逆なんじゃないかなって。それで試してみたら、その通りでびっくりしてね、それ以来こんな感じ。その程度の話だよ。実際に似合うでしょ?」


 千尋はスカートの裾をまくる仕草を見せた。黒いスパッツに包まれた細い太ももが覗く。無駄毛は処理しているようだった。

 男だとわかっていても、ドキリとしてしまう。


「おいおい」

「じょうだーん。残念、男でした」


 千尋は膝を叩いて笑う。陽壱は苦笑するしかなかった。


「なので、気遣いはいらないよ」

「了解」


 そのやり取りを聞いていたのだろう。遠巻きに見ていたクラスメイト達は、徐々に千尋へ声をかけるようになっていった。


 昼休み。

 学校に食堂はないが、昼食用に空き教室が開放されている。外で過ごすには厳しい時期や天気の悪い日は、そこを利用していた。

 いつもは陽壱と美月の二人だが、今日は案内も兼ねて千尋と千晶も一緒だ。


「美月ちゃんと浅香くんはお付き合いしてるの?」


 陽壱と美月の弁当を見て、千晶が問いかける。明らかに同じ中身なので、当然の質問かもしれない。


「えっとねぇ……」

「まだだってよ。さっき陽壱から聞いた」


 言葉を詰まらせた美月に代わるように、千尋が答える。


「まだ、ですか千尋さん」

「まだ、らしいですよ千晶さん」

「うぅー」


 ニヤニヤと笑う双子と、赤面する美月。明らかに遊んでいるのに、嫌味な感じは全くなかった。

 きっと、距離の詰め方が上手いのだろう。美形という見た目と、自分たちの特殊性を充分に理解した上での言動に思えた。

 とはいえ、美月には助け舟が必要だ。これ以上は陽壱としても心苦しい。


「二人のは、家の人?」


 千尋と千晶も弁当の中身は同じだ。家族なのだから、当然ではある。


「いや、これは僕が」

「まじか」


 千尋が作ったというのは、ベーコンとブロッコリーの炒め物を中心に、奇麗な彩りのある弁当だった。

 千晶が男物の弁当箱で、千尋は女物を使っている。


「へー、すごいねー」

「ちゃんとしてるでしょ」


 美月に褒められた千尋は自慢げだった。


「でも、明日の担当はボクだからね。千尋と交互にやってるよ」


 千晶が会話に割って入る。千尋だけが褒められるのが不満な様子だ。

 彼女の『ボク』という一人称が、妙に似合っていた。


「千晶の弁当ね、男の子感が凄いよ。肉野菜炒めがどかーんみたいな。しかもそれが美味い」

「やーめーてー」


 会話の中から、二人はとても仲が良いのがわかる。家族というよりは、親友やもしかしたら恋人のような距離感にも思えた。


「二人は仲良いよね」


 陽壱は素直な感想を口にする。


「ずっと一緒にいるからね。悪いよりはお互いにとって良いと思ってるよ。あ、ボクの事は千晶って呼んで。千尋もいるし。呼び捨てかちゃん付けでよろしく」

「じゃ千晶で。俺も陽壱でいいよ」


 こういう場合、いつもは一旦遠慮をするのだが、気軽に応じてしまったことに後から気が付いた。見た目が男だからと油断してしまった。

 美月の視線が痛いような気がした。


 町田 千尋と、町田 千晶。

 この二人と今日一日関わって、彼らの人となりが理解できてきた。

 ひとつは、服装や見た目に反して内面はそのまま男女なこと。恋愛対象も、それぞれ異性だそうだ。

 もうひとつ、服装や見た目について聞かれるのを嫌がらないこと。むしろ遠慮なく聞いてもらいたいと思っているようだった。

 そして、人の輪に積極的に入ろうとする意思があることもわかった。生徒会役員選挙に立候補した話をした際、二人とも実行委員をやりたいと言っていた。


 基本的には気のいい二人だ。良い関係を築きたいと陽壱は考えている。

 それと同時に、理由のわからない漠然とした不安が生まれつつあった。


「考え事?」


 帰り道、美月に声をかけられる。

 どうやら、無自覚に黙ってしまっていたようだ。


「あの二人のことでしょー。仲良くなれそうでよかったね」

「そうだね」


 陽壱は、不安の原因を理解した。

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