第5部『転校生:町田 千晶、町田 千尋』

第5部 その1「僕たち双子なんだ」

 暑い。

 朝だというのに、教室の中は熱気が渦巻いていた。設置された冷房は必死に冷たい風を出すが、窓からの日差しと生徒たちの体温を冷やすには少々力が不足している様子だ。

 期末テストも終わり、生徒会役員選挙を間近に控えた七月の初日、陽壱は机に突っ伏していた。

 窓際の席は特に暑いのだ。


 異世界帰りにもかかわらず必死に勉強した結果、期末テストではそこそこの点数を獲得した。

 もしかしたら、あの数日がリフレッシュになったのかもしれない。こちらの時間にして数秒にも満たない旅だったのは、金髪の友人に感謝する他ない。

 その結果、生徒会に入るにあたっての暗黙の了解である二桁順位にも、何とか入ることができた。

 それは美月も同様で、結果発表の際は二人して胸をなでおろした。


「うーい、おはよー」


 相変わらず覇気のない担任が教室に入ってくる。この暑さでも安定した態度は、逆に尊敬できる気がしてきた。

 そんな担任の後ろに、セーラー服を着た見慣れない生徒が続いていた。その姿を見て、教室がざわついた。


 女子としては若干小柄というくらいの身長に、小さな頭が乗っている。

 目尻が下がった大きめの瞳からは、柔和な印象を受ける。低い鼻と絶妙なバランスで配置された横に大きな口は、どことなく中性的な雰囲気を放っていた。

 簡単に言えば、美形と呼んでも全く差し支えのない容姿だった。

 肩まで伸びた少し癖のある髪は、薄っすらと赤みを帯びている。

 短いスカートの裾からは、スパッツのようなものが覗いていた。


「今日からの転校生だからよろしくな。じゃあ、自己紹介してくれ」


 だるそうな担任に促され、転校生は一歩前に出た。


町田まちだ 千尋ちひろです。こんな格好してるけど男です。よろしくお願いします」


 千尋と名乗った転校生の言葉に、教室が再度ざわついた。

 確かに男として見れば男に見える。声は高めだが、感覚的に男の範囲内ではあった。

 逆の考え方をすれば、女子にも見えるということにもなる。

 混乱するのはわかるが、この雰囲気は良いものではない。

 原因は違えども、レイラの時と似たようなものだ。不安であろう転校生を見世物のようにするのは忍びない。


「よろしく!」


 大きめの声を出し手を叩いた。それに触発され、教室は拍手で包まれる。

 陽壱は、小さく息を吐き出した。


「あー浅香、ついでだから後でいろいろ教えてやってくれ」

「はーい、いいですよ」


 陽壱に振られるのは、声を上げた時に覚悟していた。無茶振りには慣れているので、気にはならない。


「窓際の一番前の席に座ってくれ」

「はい」


 席を指定された千尋は、座る直前に陽壱を見て軽く頭を下げた。

 それ以降はいつも通りにホームルームが行われ、何事もなく一限目は過ぎていった。


 休み時間になったが、率先して千尋に声をかけるクラスメイトはいなかった。好ましくない空気を感じた陽壱はすぐに席を立つ。

 それに、さしあたって知らないと困る場所は早めに案内しておきたい。


「町田くん、改めてよろしく。俺は浅香 陽壱」

「ありがとう、浅香くん」


 千尋は人懐っこそうな笑顔を向けた。

 その表情ができるのなら、そのうちクラスにも馴染むだろう。とはいえ、きっかけは必要だ。

 早めに確認しておいた方がいいこともある。


「とりあえずトイレ案内しておこうと思うんだけど、男子用でいいよね?」


 あえてストレートに質問をしてみる。ここでの反応から、今後の態度に反映しようと思う。


「いきなり聞くねぇ」


 千尋は嬉しそうにツッコミをいれ「もちろん男子だよ」と答えた。

 遠慮はしないほうがいいタイプに見えた。


「じゃ、行こうか」


 千尋を促し、教室を出る。


「浅香くんて、クラス委員とかなの?」

「いや、なんか頼まれるだけ。クラス委員は他にいるよ」

「そうなんだ。不思議だね」


 陽壱にとっては千尋の方が不思議だった。

 後で聞いてみて、本人の許可があればそれとなくクラスに情報を流しておこう。事情がわかってしまえば浮くこともないだろうから。


「あ、よういち」

「おう、美月」


 教室を出たところで、美月と鉢合わせた。

 暑さ対策のためか、長い髪を後頭部でふんわりとまとめている。シニヨンというらしい。こんな髪型も可愛いく、うなじの後れ毛に見惚れてしまう。


 そんな美月の後ろには、背の高い男子生徒が続いていた。

 男子にしては長めのサラサラとした髪は、少し赤みを帯びている。身長に対して小さく見える顔には、切れ長の目と高い鼻、横に広い口がバランスよく配置されていた。

 簡単に言えば、美形と呼んでも全く差し支えのない容姿だった。

 男子の制服を着ているため一瞬そう見えたが、たぶん男子ではない。その中性的な雰囲気には既視感があった。


「今ね、案内しようと思って。転校生の町田まちだ 千晶ちあきちゃん。かっこいいでしょー。女の子なんだよー」

「町田です。よろしく」


 千晶と紹介された転校生は、軽く頭を下げる。ハスキーな声は、中性的な印象をより強くさせた。

 陽壱も名乗りつつ頭を下げ返したとき、疑問が頭をよぎった。


「ん、町田?」


 転校生、名字、制服、髪色、雰囲気。

 疑問は既に答えだった。


「千晶ー」


 陽壱の後ろにいた千尋が、千晶に手を振る。


「おー、千尋だ」

「え? え?」


 状況を把握できていない美月だけが、転校生二人を交互に見ていた。


「町田くん、たぶんあれだよね?」


 陽壱は千尋を振り返る。

 セーラー服を着た小柄な少年は頷き、開襟シャツを着た長身の少女に駆け寄って肩を組んだ。


「そうそう、僕たち双子なんだ」


 身長差を補うため、背伸びをする千尋と腰を屈める千晶。お互いに慣れた様子だった。

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