第4部 その8「嫁になりたいって言いましたよ」
馬車から降りて三十分ほど歩いたところに、魔獣の出現ポイントはあった。
周りには何もない、ただ砂と石が広がるだけの荒野だ。さっきまでの穏やかな草原とは大きく印象が異なっていた。
風と共に砂ぼこりが舞い上がる。
数年前、ここで人族と竜族の軍が睨み合いをしていたらしい。
そのきっかけは、お互いがお互いを牽制するために軍事訓練を行ったことからだそうだ。
その話を聞いた陽壱は、あまりにも下らないことだと嫌な気分になった。
陽壱の想定通り、魔獣の正体はノイズだった。同級生の佐久間 優紀がアルバイトとして、キラッキラの衣装を身に着け退治をしていた、あのノイズだ。
そいつが何かの事情で異世界まで来てしまったようだった。不快な音だけで他には危害のない存在だが、事情を知らない人にとっては非常に恐ろしいということは理解できる。
ノイズは男女がイチャイチャしていると出現する。元はと言えば、宇宙人がカップルへの嫌がらせのために作ったものだ。
地球にも来ていたし、こんな異世界までも混乱させている。はた迷惑な話しだ。
それを宇宙人の装備を使って消滅させる。使用方法はレイラに確認済みだった。
この世界で初めて現れた当時、なぜ戦場になりそうな場面で男女がイチャついていたのかという疑問もあったが、陽壱はそれを飲み込んだ。さすがに恵理花に質問するほど無神経ではない。
本題の討伐は、極々あっさりと終わった。
ノイズを呼び寄せるために美月とイチャイチャしたのが照れくさく、装備の音声入力が恥ずかしかったこと以外は全く問題なく済んだ。
レイラの趣味なのか「エクスカリバー」と叫ぶ必要があるのは勘弁してもらいたかった。
美月に至ってはキーワードの古臭い口上が非常に長く、メモを見ながらやり直しを繰り返し、結局成功しなかった。
「もう終わったんですか?」
退治の現場を遠目に見ていた恵理花は、結果に拍子抜けしたようだった。
「うん、俺らの世界でも同じようなもんだったよ」
「なぜ、お二人は寄り添っていたんですか?」
「こうするとあれが出てくるから」
恵理花は首をかしげる。
無理もない反応だ。陽壱も最初は意味がわからなかった。
「そうですか。なら、私も陽壱さんに寄り添うべきだと思うのです」
「なぜそうなる」
「正妻がやらずにどうするのです。第二夫人だけにやらせるわけにはいきません!」
「私、第二夫人?」
受け入れたつもりはなかったが、いつの間にか婚約していたらしい。 美月とは重婚だ。
陽壱のマントをそっと握る恵理花の態度は、口調とずいぶん違って大人しい。
「あ、いや、もう終わったよ」
「そうですか……」
恵理花は残念そうに肩を落とした。
「東、やりたかった?」
「恵理花です。あと、別にやりたいわけじゃないです」
その小さな手は、しばらくマントを放さなかった。
「終わったなら帰りましょう。おじいちゃんたちに報告しなきゃ」
帰りの馬車の中は、行きとは違って静かだった。
「なぁ東」
「恵理花です」
「報酬の話なんだけ」
「受け取ってもらいます」
陽壱の隣に陣取った恵理花は、有無を言わせない態度をとる。
彼女がここまで頑なになる理由には、概ね見当がついていた。
「種族間の権力争い?」
「あ……」
陽壱を見つめ、何かを言いたそうに口を動かすが、なかなか言葉が出てこないようだった。
魔獣の存在で隠れているが、種族間の問題が消えたわけではない。共通の敵とみなしていたものが消えたと知れば、それは再び表に出てくるだろう。
長の後継者が途切れている人族は特に狙われるはずだ。
「そうです。私が女だから、勇者の力がないと人族が守れないんです。なので陽壱さんには私の夫として、将来の人族を担ってもらわないといけないんです」
やっと言葉を発した、その表情は必死そのものだった。
「東」
「恵理花です。それに、ゴランド大陸を救った勇者なら、他の種族を統べることもできるかもしれない。そんな地位とこの私が報酬なんです。良い条件だと思いませんか?」
陽壱を遮り、強い口調でまくし立てる。
きっとこれまでも、強くなければならない社会で生きてきたのだろうと思えた。
「わかった、恵理花。一度落ち着け」
「あ……」
恵理花は黙って下を向いた。
「悪いけど、俺はその報酬を受け取るつもりはないよ。そんな地位に興味はないし、俺は元の世界に帰るから」
「えっ……」
恐らく、この世界では地位というものの重要性が高いのだろう。だからこその世襲制だと陽壱は感じている。
その価値観の中で育った恵理花も、同じ考え方をしている。
一概に悪いとは言えないが、自分や美月が関わるのであれば話は別だ。それに、関わってしまったのであれば、陽壱なりに良い方向へ変えていきたいと思う。
「だからね、ひとつ嘘をつこうと思うんだ。本当はすごく卑怯な手段だけど、いろいろ丸く収まると思ってね」
陽壱は考えていた計画を話した。
言葉の通り嘘をつくことが前提ではあるが、現状の問題を解決することはできるはずだ。
それに、恵理花のためにもなる。好きでもない男と結婚する必要などない。
「どう? これなら無理に結婚なんて手段を使わずに済みそうかなと」
「確かに、種族間での争いは避けられますね。でも……」
「でも?」
恵理花が陽壱の顔を覗き込む。
「私の気持ちはどうなるんですか?」
「気持ち?」
「私は、陽壱さんの嫁になりたいって言いましたよ。それはどうなりますか?」
陽壱を見つめる丸い瞳は、涙で潤んでいた。
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