第4部 その4『核爆弾程度なら余裕で防げるヨ』
陽壱の前に浮いた画面らしきものには、遠い星の友人が映っていた。
六月に入ってからはお互いに忙しくて、グループメッセージでのやり取りしかできていない。顔を見るのは久し振りだ。
「レイラ!」
『はーい、久しぶりだネ』
「お風呂上がり?」
レイラはいつものツインテールではなく、頭と体にバスタオルを巻いていた。
美月の言うとおり、どう見ても風呂上がりの格好だった。
『お風呂に入ってたら、ヨーイチとミツキの生体反応が消えたってアラームが鳴ったの。びっくりして探したヨ。見つかってよかっタ』
レイラはレイラで、よくわからないことを言っている。
詳しく聞いたところ、それは以前手渡されたリストバンドの機能だそうだ。装着者に危険が迫ると、レイラの持つ親機のアラームが鳴る仕組みらしい。
そのアラームが鳴ったため、慌てて二人を探し、いろんな手段を駆使して通信を繋いだとのことだ。
レイラの説明は理路整然としていた。さすがは超優秀なエンジニアだ。
『ダイジョウブ、緊急時以外は個人情報の流出はないヨ』
バスタオルで包みきれていない髪から水滴を落としつつ、レイラは自信満々に語った。
宇宙人の科学力は異世界にも通用するようだ。
『それデ、そこはどこ?』
陽壱はこれまでの流れを説明した。ついでに、恵理花の紹介も。
説明の途中から、目に見えてレイラのテンションは上がっていた。
『わかったヨ! つまり異世界召喚モノだネ! 剣と魔術! 謎ステータス! 謎スキル! 冒険者! ジャガイモ!』
「謎って言われても困ります。それにジャガイモって」
『うん、ジャガイモはあるの?』
「普通にありますよ」
『あるんだ!』
恵理花との異世界トークにとても満足した様子のレイラは、元の世界に戻る方法を探してくれると言った。
過去にもこういう事例はいくつかあったらしい。ただ、ゴランド大陸という場所については記録にないそうだ。
『地球に同じ意味の言葉がなくて説明できないんだけど、計算さえ終わればあとは簡単だから、心配しないデ』
地獄に仏とはこのことだった。
「えー、じゃあ魔獣はどうしたらいいんですか?」
恵理花の言い分もわかる。勇者として連れてきた相手が普通で、しかも宇宙人の技術で帰ってしまうのだ。面目などあったもんじゃない。
それに何より、この世界の人たちは切実に困っている。助けられるものなら、助けてやりたい。しかし、陽壱は普通だ。
『それもダイジョウブ! ヨーイチとミツキがなんとかするヨ!』
画面の向こうのレイラは親指を立てた。
陽壱は美月と目を合わせる。なんとかなるとは思えなかった。
『ヨーイチ、ミツキ、リストバンドに向かって装甲装着って言ってみテ。異世界風に調整したかラ』
装甲装着という言葉は、レイラが好きなアニメ『装甲少女』シリーズでの有名な台詞だ。そのかけ声で、キラッキラの戦闘コスチュームに変身して戦うという流れで使われる。
なぜ陽壱たちに言わせたいのかはわからないが、レイラのことだから意味はあるのだろう。
「装甲装着」
「装甲装着ー」
陽壱と美月は、右手首に向かって声をかける。直後、二人は淡い緑色の光に包まれた。
「おおー」
光はすぐに消え、恵理花の感嘆が聞こえた。
隣の美月を見て、陽壱は息を呑んだ。
夏服のセーラー服から、薄い桜色をしたローブのような衣装に変わっていた。裾は膝丈で、肩や胸には鎧のようなものが取り付いている。ウエストのあたりで軽く締まっているが、全体的にゆったりとしたシルエットをしていた。
足はブーツで、手には金属製に見える杖を持っている。
なんというか、非常に可愛い。月並みな表現しか出てこないくらいに、可愛かった。
「わー、よういち凄いね」
見惚れていた陽壱は、美月の声で正気を取り戻した。
首を回して自分の服装を確認する。
「これは……」
胸から肩、腰回り、膝からつま先にかけて、薄い青色の鎧が取り付いていた。鎧のない部分は、黒のインナーがさして鍛えていない体をピッタリと覆っている。
左の腰には、鞘に収まった剣がぶら下がっている。
中世の騎士というより、ゲームやアニメの勇者といった格好だ。
大仰な鎧なのだが、絶妙な可動範囲で自分の動きを邪魔しない作りになっている。しかも、見た目に反して重さを全く感じない。
「かっこいいよー」
「浅香先輩、びっくりするほど似合いませんね」
正直、かなり恥ずかしかった。
『一万二千枚の特殊装甲と、耐熱対衝撃耐精神の防御フィールド付きのコスチュームだヨ。これを装着してれば地球の核爆弾程度なら余裕で防げるヨ。装甲解除って言えば元に戻るからネ』
金髪の友人は、サラッととんでもないことを言った。
『武装の追加は、魔獣を確認してからネ。申請と許可が必要だかラ。じゃ、お風呂の続き行ってくるヨー。お手伝いさんがうるさくテ』
画面の向こうから、大きな声のようなものが聞こえた。向こうの言葉なのか、何を言っているかは理解できなかった。ただ、なにかに怒っているのだけは伝わった。
風呂の途中で慌てて来てくれたというのが、友人として嬉しかった。
「浅香先輩と、えっと……」
「深川 美月だよー」
「挨拶が遅れました。私は、東 恵理花です。よろしくお願いします」
「うん、よろしくねー」
恵理花は勢いよく頭を下げる。律儀な異世界人だった。
「すみませんが、ステータスを見せてください」
いつの間にかステータスの表示はなくなっていた。時間で消えるもののようだ。
それにしても、恵理花は発言が単刀直入すぎる。
ただ、服装が変わっただけでステータスが変わると思えないのは陽壱も同じだった。
「いいよー。私もやりたかったから。ステータス」
「ステータス」
美月は嬉しそうだった。
二人の声に合わせ、日本語で書かれたステータスがそれぞれ現れる。
「え?」
「ん?」
「は?」
それはさっきとは違い、ひとつだけ数値がおかしい。明らかにおかしい。
桁が多過ぎて一目では認識できないくらいだ。ゼロを数えると十二個あった。
陽壱と美月の防御力は、六兆と表示されていた。
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