第4部 その3「どうあがいても普通です」

 下級生に追い回されたら、草原に立っていた。

 言葉にすると簡単なのだが、陽壱は状況が理解できていなかった。

 しかし、自分の横には美月がいる。なんとかして冷静にならなければならない。


「よういち、大変だよ」


 美月が陽壱の左袖を掴む。衣替え後の半袖開襟シャツなので、二の腕あたりを引っ張られる感触だ。


「大変だね」

「うん、上履きなのに外だよ」

「そうだね」


 ほのぼのとした一言で、陽壱の緊張は一気に消えた。

 何かに巻き込まれるごとに、美月の存在は必要不可欠だと思い知らされる。もちろん、巻き込まれなくても隣にいてほしい。


「もういいですか?」


 半眼になった恵理花が呼びかけてくる。


「あ、ああ、ゴランゴ大陸だっけ?」

「ゴランド大陸です!」


 訂正した後、大きなため息をついて、恵理花は事情の説明を始めた。


 魔獣のこと。

 学校生活は思ったより楽しかったこと。

 大陸の歴史のこと。

 勇者を探していたこと。

 日本の料理が気に入ったこと。

 種族間連合のこと。


「わかりましたか?」

「全然わからん」

「ごめんね、よくわかんないや」


 恵理花の説明は難解だった。順序がちぐはぐで、時折個人の感想が入る。わかりやすさとしては最低レベルだ。

 それは陽壱の力を持ってしても、理解するのにかなりの時間を要するほどの代物だった。


「つまり、俺たちから見たらここは異なる世界なんだね?」

「そうです!」

「それで、東たちが困ってる魔獣を倒す勇者が俺だったと?」

「そうです!」


 やっとの思いで情報を整理した陽壱の問いに、恵理花は元気よく頷いた。


「なぜ俺なの?」

「わかりません!」


 目を輝かせ大きく頷く下級生を見て、陽壱は目頭を押さえた。下級生ではなく、異世界人と表現した方が正しいのだろうけど。

 勇者として呼ばれた理由も不明だし、魔獣を倒す方法なんて見当もつかない。


「美月、ごめんな。巻き込んじゃって」


 勇者とやらが自分なのであれば、美月は完全に無関係だ。

 恵理花の話を聞く限りは、かなり危険な役割らしい。そんな状況に美月を巻き込むのは、陽壱としては大変に辛いことだ。


「いいよ。よういちのせいじゃないし、一緒だし」


 優しく笑う美月に、陽壱は何かがこみ上げてくる感覚を味わった。抱き締めたくて仕方がない。


「もういいですか?」


 再び半眼になった恵理花によって、陽壱の衝動はかき消された。


「浅香先輩の力、確認させてください」

「力?」

「はい、レベルとかスキルとか」

「は?」


 恵理花は陽壱の右手を取り、目の前に掲げさせる。左の袖を掴む力が強くなった気がした。


「ステータスって言ってください」

「は?」

「ステータス、です!」


 意味はわからないが、勢いに押されてしまう。陽壱は仕方なく従うことにした。


「ステータス」


 呟いた瞬間、陽壱の目の前に四角い枠のようなものが現れた。テレビ画面が空中に映写されているようなイメージだ。


「うわ、なんだこれ」

「浅香先輩の能力ですよ。こういうの知りません?」


 よく見ると、その枠の中には罫線が引かれ『力』や『魔力』などと、細々とした項目に分かれていた。


「ゲームみたいだな」

「逆です。そちらのゲームがこちらに似すぎなんです」

「日本語だな」

「逆です。日本語がゴランド語と同じなんです」


 項目の横にはアラビア数字が表示されている。数値の基準はわからない。

 勇者というからには、何かが優れているのだろうとは思う。


「で、どうなの?」


 実は少し期待してしまっていた。

 勇者と言われて浮かれるなんて、高二になっても男の子は男の子なんだと自分に言い訳をする。


「これは……」

「これは?」

「……普通です。どうあがいても普通です。ステータスの数値も訓練してない男性の平均だし、これといってスキルもないです。これなら私の方が強いくらい……」


 恵理花の手は震えていた。

 それもそうだろう。勇者と見込んで連れてきた相手が普通だったのだ。

 陽壱も特に後半の言葉にショックを受けたが、恵理花はそれ以上だったはずだ。


「もしかして、間違えちゃったの?」


 美月が問いかけるが、恵理花は固まったままだ。

 草原を爽やかな風が通り抜けた。


「えーと、東? 帰る方法とかは?」

「ないです。勇者にはずっとこっちで暮らしてもらう予定でした」


 あらゆることが、無茶苦茶だった。

 美月と一緒なのはいいが、それ以前の問題が大きすぎて、陽壱は途方に暮れた。

 恵理花は、無心で空を見上げていた。


『……イチ……ヨ……チ……』


 その時、陽壱の右手首から、雑音混じりに声が聞こえた。

 それに合わせるように、ステータスと同じような画面が現れる。そこには砂嵐のようなノイズが表示されていた。ノイズと言っても、例の怪物ではない。

 ノイズは段々と晴れ、雑音も少なくなってくる。


『あー、ヨーイチ。やっと繋がったヨ』


 ノイズが消えた画面には、金髪の少女が映っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る