第4部 その5「そういうもんだからです」

 防御六兆はおかしいらしい。

 恵理花の知る記録では、最大でも五千程度だったそうだ。


「たぶんおかしいです。でも、街まで向かいながら話しましょう。このままじゃ日が暮れてしまいます」


 草原は広く、同じ種類の草が見渡す限り続く。その中を貫くように、土を踏み固めただけの道が延々と伸びている。

 道の側には、同じ種類の木が一本ずつ等間隔で生えていた。

 違和感を覚えた陽壱が恵理花に問うと「そういうもんだからです」と返された。

 そういうもんらしい。


 街までは徒歩で三時間ほどかかった。どおりで急いでいたわけだと、身をもって納得した。

 高級そうなパジャマを着た風呂上がりのレイラによると、帰り方の計算には数日かかるそうだ。しばらくは、この世界に滞在しなければならない。

 家族や友人に心配をかけてしまうのが心苦しい。


 途中で猪に角が生えたような動物に襲われる。角を突き立て突撃されるが、対物理フィールドを突破できないようだった。

 陽壱からは特に何もしない内に、動物は恐れをなして退散していった。

 六兆は何かの間違いではなく、本物ということがわかった。

 恵理花に聞いた話では、あれは魔獣ではなく魔物と呼ぶらしい。陽壱は紛らわしいと思った。


 道の途中、高台になっているところから街の全貌が把握できた。

 円形に作られた城壁のようなものの内側に、沢山の建物が見える。直径にすると三キロメートル程度だろうか。陽壱の知る街とは構造が根本的に違うようだ。

 その円の中心に大きな川が流れている。堤防はなさそうに見えた。川を起点に作られた街なのだろうと想像できる。


 その光景は、陽壱にとって疑問だらけだった。

 城壁まで築いているのに高台から全域が見えてしまうのは、防衛の面ではどうかと思う。

 それに、堤防のない川が氾濫したら壁の内側は水浸しだ。治水はどう考えているのだろう。

 それらの疑問を恵理花にぶつけてみたところ「そういうもんだからです」と返された。

 そういうもんらしい。


 空が茜色に染まる頃、三人はようやく門までたどり着いた。

 そこには槍を持ち、簡素な革製の鎧を着込んだ門番が一人立っている。


「お疲れさまでーす」

「おお、エリカ! もしかして勇者様かい? どうぞ入ってくれ」


 顔パスし街へ入る。セキュリティはガバガバだ。

 壁の中は、様々な顔をした人が行き交っていた。基本的には人間なのだが、頭に角が生えていたり、頭に猫のような耳が生えていたりする。

 時折、トカゲのような顔をした人ともすれ違う。竜族の外観を事前に聞いていて良かったと、心底思った。

 人々は皆、麻布を簡単に縫い合わせたような服を着ていて、鎧姿なのは門番くらいだった。

 恥ずかしくなった陽壱は小声で「装甲解除」と呟いた。制服は制服で浮くのだが、着慣れているだけ心情的にはまだましだ。美月も笑ってそれに合わせてくれた。好きだ。

 三人は上履きをペタペタ言わせながら、街を歩いた。


「完全に日が落ちる前に、身分証を作りましょう。私が同行していなければ不審者ですから」


 恵理花が腰に手を当て胸を張る。やっぱりセーラー服は周りから浮いていた。


 外から来た人間が身分証を作るには、冒険者ギルドというところに登録するのが一番スムーズらしい。

 受付のお姉さんから説明を聞いた陽壱は、日雇いの派遣労働者を紹介する公営の施設と理解した。

 そこで発行される『ギルドカード』というものが身分証になるそうだ。

 勇者として無理矢理に連れて来られたのだが、身分証は必要と言われた。どっちの世界も世知辛い。

 恵理花に聞く前に「そういうもんだからです」と返された。


 その後、六兆を着た二人のギルドランクが『S』となったり、ギルドの荒くれ者に絡まれた後に意気投合したりする出来事があった。

 翌日は各種族の長が集まる緊急会議に呼ばれ、なんやかんや難癖をつけられた。

 ただ、恵理花の口添えで六兆を見せると全員が黙った。

 それからは魔獣について懇切丁寧に説明された。要約すると、姿は見えず奇怪な音を発する化け物らしい。

 どこかで聞いたことがある気がしたので、その日のうちにレイラへ連絡をとった。


 異世界での生活は、予想したよりは不便ではなかった。

 懸念していたトイレは水洗で紙も柔らかかった。それには心から感謝した。

 この街の人々は、魔術の応用でそれなりの生活を送っているようだ。具体的には、一九七〇年代くらいの日本と同等くらいだろうか。

 食べ物も食べられないほどではない。食堂のおまかせランチで肉じゃがが出てきた時は、笑うしかなかった。

 恵理花はゴランド語だと言い張るが、日本語が公用語なのもストレスが少ない理由だろう。

 あてがわれた寝室もそれなりに清潔で、美月と小旅行気分が味わえて楽しいとすら思えた。


 そして、異世界での生活三日目の朝。

 陽壱たちは魔獣退治に向かう馬車に揺られていた。

 馬車と言えば馬車なのだが、引いているのは馬族の女性二人。美人な上に大変力持ちだ。

 彼女たちには、魔獣が出現する場所の近くまで送ってもらう手はずになっている。

 半日くらいの間は、馬車の中でまったり過ごすだけだ。


「浅香先輩、深川先輩、今更だけどありがとうございます」

「まー、気にするなよ。みんな困ってたみたいだし」

「そうそう、魔獣もなんとかなりそうだし。ね? よういち」


 恵理花は珍しく神妙な顔で、隣り合って座る陽壱と美月を交互に見た。

 さすがにセーラー服ではなく、門番が着ていたような革製の鎧を身に付けている。

 普段の元気さとは大きく違う態度で、目線を落とした。


「あの、つかぬことを聞きますが。お二人は恋人なんですか?」


 日に焼けた頬は、少し赤く染まっているように見えた。

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