第4部『下級生:東 恵理花』

第4部 その1「くっつかないでください!」

 人、竜、獣など、様々な種族が共存するゴランド大陸。各種族はそれぞれ国を作り、交流しつつ文明を進歩させていった。

 その中でも特に大きく勢力を伸ばした人族と竜族は、いつしか大陸の覇権を争うようになる。

 長きに及ぶ対立は、互いに軍を形成し牽制し合う事態にまで発展していた。

 その均衡と膠着は数百年にも及んだ。


 長きに渡った緊張状態は、たったひとつの事象により終止符が打たれることになる。

 三年前、一触即発の事態となっていた両軍の間に、突如としてそれは現れた。後に魔獣と呼ばれることになるその存在は、大陸全土を混乱の渦に巻き込んだ。


 そんな危機的状況に対抗するため、人族と竜族が主体となり全種族による連合を組織した。

 それは決して友好的なものではなく、より強大な脅威があるからこその妥協であった。

 ただし、全ての種族の知恵を結集しても、魔獣を打ち倒す術を見つけることはできなかった。


 そして現在。


「浅香先輩、ちゃんと聞いてくださいよ!」


 エリカ・アーズマはあずま恵理花えりかと名を変え、魔獣を倒す勇者のスカウト活動をしていた。

 彼女に与えられた任務はふたつ。勇者の発見と、その勇者をゴランド大陸まで連れ帰ることだ。


「いやいや、今日は無理だって」

「そこをなんとか。時間がないんです」


 恵理花は必死だった。

 故郷の存亡に関わる事態なのだ。ここで勇者を逃してはならない。

 それに、自分を信じて送り出してくれた皆の期待にも応えたい。

 早歩きで逃げようとする勇者に、早歩きで追いすがる。廊下を走ってはいけない。

 放課後の校内で追い回していたため、多くの生徒から注目を浴びることになった。「また浅香か」という声が耳に入る。


「魔獣を倒すには、浅香先輩が必要だって占いに出たんですって!」

「わかったけど、明日にしてくれないかな。そもそも初対面だよね俺たち」

「あーっ、真面目に聞いてないやつですね」


 魔獣への対処法が全く見つからない状況では、あらゆる手段を検討する空気感が生まれていた。

 うさん臭い占星術を使った山羊族の長が語る、うさん臭い提案もそのひとつだ。


『隣り合い、並び合う世界に勇者がいる』


 突拍子も信ぴょう性もない占いだったが、わらにもすがる思いで、並び合う世界に行く魔術が作り上げられた。

 繊細な魔術を構築する人族と、膨大な魔力を持つ竜族が力を合わせた結果だ。


『十五歳の少女が、十六歳の少年を勇者として導く』


 今思えば、もはやヤケクソだったんだろう。

 その占いを信じ、人族の少女の中でも魔術に優れていたエリカ・アーズマがスカウトマンに抜擢された。

 並び合う世界は広く、勇者となる少年がいる場所の把握は難しかった。鳥族の目に頼り、大まかに導き出される。

 エリカはその世界の文化を学び、適応するための訓練に明け暮れた。名も現地に習い、東 恵理花と改めた。


 現地人の記憶を一部改ざんする魔術は、猫族の技術によるものだ。それを使い、子供のいない家庭に親戚として入り込む計画を立てた。

 勇者となる少年が通う学校への入学も問題ない。書類偽造は、牛族のお手の物だ。


 そうして恵理花は、城際山西高校の新入生としての潜入に成功する。

 勇者となる存在の特定には、現地の暦で二ヶ月半ほどの時間をかけてしまった。潜入の予定期間は三ヶ月。かなりギリギリだ。

 衣替えはとうに終わり、白地に黒いラインのセーラー服に変わっている。


 そんな中、ようやく見つけた浅香 陽壱という男。見た目はぱっとしないが、周囲の評判によるとかなりの好人物だそうだ。

 困ったことがあれば、二つ返事で助けてくれるらしい。

 二年生の超美人がイメチェンしたことや、留学生の超美少女初日ダッシュ事件も、彼が関わっていたとの噂だ。


「今日はテスト勉強の約束してるから、明日ね、明日なら時間作るよ」

「だめです。今お願いします」

「無茶苦茶だなぁ」


 そう、無茶苦茶なのだ。

 ひとつ年上とはいえ、まだ子供の少年を戦いの場に向かわせようと言うのだ。拒否される覚悟はしていたが、せめて話くらいは聞いてほしい。

 聞いてさえくれれば、報酬に目がくらむはずだ。

 この際、強制的に転移させてしまおう。恵理花は脳内で転移の魔術を起動させた。

 あと十秒もすれば、彼と自分は光に包まれゴランド大陸の大地を踏むだろう。


「あ、よういちー。何してるの?」

「ちょっと追われてて」


 長い髪を二つ結びのお下げにした女子に話しかけられ、勇者の足が止まる。

 こころなしか頬がゆるんでいるように見える。自分の時とは態度が違うのが気に入らない。


「また何かしたの?」

「いや、何もしてない。たぶん」


 二人は恋人同士のように寄り添う。

 しまった。恵理花は慌てて叫んだ。


「くっつかないでください!」


 その瞬間、勇者と恵理花、そして勇者の側にいた女子の三人はまばゆい光に包まれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る