第3部 その6「それも私の魅力と思ってもらえたら嬉しい」

 何と表現するのが適切なのか、まったくわからないデート当日の日曜日、陽壱は一人電車に揺られていた。

 恭子の『待ち合わせもデートの内』という主張から、美月とは別の時間に家を出たのだ。

 美月が隣にいないと、電車の中は妙に心細い。窓ガラスからは、雨に濡れた町並みが見える。


 今日の趣旨は二つある。

 ひとつは『陽壱が意中の女子への気持ちを再確認するため、タイプが似ている美月を代理にしたデートの予行演習』をすること。

 もうひとつは『その意中の女子から気持ちを奪い取るため、恭子が陽壱を口説き落とすデート』をすることだ。

 それを同時に行うことに無理がある気もするのだが、二人きりでないところに恭子なりの配慮を感じた。


 恭子は自分の意思をはっきりと言葉にするため、キツい人だと思われがちだ。しかし、その裏には細々とした気遣いが隠れている。

 少なくとも陽壱はそれを知っていたからこそ、先輩として彼女を慕っていた。

 それがまさか、こんなことになるとは、もちろん思ってもみなかった。


 確証があるわけではないのだが、恭子には美月を好きなことがバレているのかもしれない。

 だから、こんな無茶苦茶なデートを企画したとも深読みできてしまう。

 そうだとしたら、陽壱を奪い取るという宣言をした恭子の気持ちはどんなものなのだろうか。相手が自分とはいえ、恋する乙女の気持ちは計り知れない。

 そんなことを考えている内に、車内アナウンスが降車駅を告げた。


 改札を抜けて、陽壱は辺りを見回す。

 休日の朝は平日とは大きく景色が違う。制服を着た学生の姿はなく、思い思いの服装をした老若男女で賑わっていた。

 目の届く範囲には、待ち合わせ相手の姿は見えない。

 恭子が先に来ている約束になっていたのだが、時間を間違えてしまったのだろうか。


「おーい、浅香くん」


 きょろきょろしていると、近くにいた女性に声をかけられる。

 この人は、なぜ自分の名前を知っているのだろうか。呼ばれるまま振り向いた陽壱は、目を見張った。


「松井さん?」


 陽壱に声をかけたのは恭子だった。

 いつもの三編みは下ろして、肩にかかった少しウェーブのついた髪が大人っぽい。当然制服ではなく、薄い水色をした丈の長いワンピースに、ベージュのカーディガンを羽織っている。

 普段の硬いイメージはなく、ふんわりとした年上の女性がそこにいた。


「ずっと近くにいたのに、気付いてもらえなくて困ったよ」

「すいません、いつもと印象が違って」

「ふふふ、それはどういう意味なのかな」


 普段と違う雰囲気の恭子は、ぐいぐいと陽壱に詰め寄る。


「あー、いや、綺麗ですね」

「ありがとう。無理に言わせたけど嬉しいよ。こんな女の子らしい服装をするのなんて初めてでね、心配してたんだ」


 いつもの口調に反して、その表情は恥ずかしげだった。 染まった頬からは少女らしさを感じさせた。


「来てくれてありがとう。楽しめるといいな」


 その笑顔に、陽壱は思わず頷いた。


「そろそろ深川さんが来る時間だね」


 恭子は腕時計を見る。

 この順番で時間指定をしたのは恭子だった。


「浅香くん」

「はい?」

「私は卑怯にも二人きりになる時間を作ったんだ。言いたいことがあったから」

「自分で卑怯って言う人は卑怯じゃないですよ」


 小さく口の中で笑った恭子は、陽壱に寄り添った。何かの香水だろうか、かすかに爽やかな香りがした。


「浅香くん、いや、陽壱くん。君の好きな子は深川さんだよね?」

「え?」

「あれで気付かないのは、かなりの鈍感か自分に自信のない子だけだよ」

「あー、それは……」

「大丈夫、私が口を滑らしたのに本人はまだちゃんと自覚してないよ。だから、君たちのどちらかが口にしなければ、関係は今のまま維持できる」


 やっぱりバレていた。しかも美月にも伝えてしまっているとは。

 さり気なくとんでもないことを言う恭子に振り向く。苦しそうな表情は、さっきと同じように口調と一致していなかった。

 そんな顔を見てしまえば、怒る気にもならない。本当に真っ直ぐ過ぎる人だ。


「知っているのだから勝ち目がないと思いつつもね、やっぱり諦められないから、こうやってしつこくアピールしているんだ」

「その割りに、敵に塩を送っていますよ」

「それも私の魅力と思ってもらえたら嬉しいよ」


 恭子は陽壱の方を見ようとしなかった。


「ほら、深川さんが来たよ」


 改札から出てきた美月が、陽壱に手を振った。

 白いブラウスに淡いピンク色をしたロングスカート姿。ふたつのお下げにした三編みが可愛らしい。


「いろいろ言ったけどね、せっかくなのだからデートを楽しもう。すごく楽しみにしていたんだよ」

「そうですね」


 陽壱と恭子は、美月に向かって手を振り返した。

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